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コラム/2013-04-02

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信じてた人から裏切られたと感じてる人へ

「信じてた彼氏やご主人の浮気」
「信じてた親友の裏切り」
「信じてた上司や部下の背信」・・・。

本当に腹が立つし、いたたまれないですよね。
僕自身も今から7年前に、当時家族ぐるみで仲良くしてた親友の連帯保証人
になって、彼は逃げてしまい彼の代わりに今年の夏には新車一台分位の返済
をしなくてはいけなくなりました。

また、以前勤めていた会社で「社員を守る」という経営者の言葉を信じて、
管理職だった僕は「社員を守る」為に身を捧げて、倒産するまで頑張りましたが
経営者は、いよいよ会社が危なくなると僕達に責任を押し付けて逃げました。

その時は本当に腹が立ったのと、悔しい気持ち、恨み、悲しさを感じて
いたたまれない気持ちになりました。

それでは人を「信じる」とはどういう事なんでしょう?

その時に考えたのは「この人はこうに違いない」と、あくまで自分の頭で
 想像した相手像(多くの場合は理想化した相手像)を「事実だ」とか
 「その人の本性だ」と決めつけてしまう事だと思います。

でも、相手の考え方や人格・本性まで100%わかったらスーパーマンですよね。

当然、自分の思い込みと相手の本当の姿にはギャップがありますし、
仮にその時の自分の思い描いた相手像が正しくても、人は変化してゆくものです。

そして自分だけが、その時点で思い込んだ相手像が「正しく、不変のものだ」
と信じ込む。

ところが、そもそもその前提が間違ってたか、相手が変化した事に気付かない
でいると「この人は変わってしまった。裏切られた」と感じる。

では、結局は信じても自分が傷つくだけだから信じてはいけないのでしょうか?

僕は、そうは思いません。だって人と関わる以上、「この人はどういう人かな?」
 と相手の事を想像してしまう事は、人間である以上止められません。

ただ、「この人は良い人に違いない。信用しよう」という”色メガネ”が
「この人は本当の事を言ってるのかな?信用できないな」という色メガネに
変わるだけだと思います。

どっちみちそうなら、より自分に取って心地良い考え方を選んだ方が良い
と思います。

ですから、僕の場合は「それでも人を信じる」という方を選んでいます。

但し、裏切られたと感じた時は「怒ってもいい」し、「恨んでもいい」
「訴えてもいい」んです。

それとその辛い経験を無駄にしない為にも「転んでもタダでは起きない」
気持ちを持って、教訓を得ましょう。

因みに僕が得た教訓「人を疑ってかからずに、基本的には信じよう。
但し”この人は〇〇に違いない”という考えが出てきたら、”それは本当かな?”
と自問しよう。その上でどうするかは自分の選択で、その選択には責任を持とう」
という事でした。(教訓を学ぶ為に随分高くつきましたが)

以上僕の恥ずかしい経験を基に偉そうに書きましたが、それにしてもどうやって
背負いこんだ借金を返そうかな?というのが当面の悩みです(笑)。



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