コラム/2013-06-14
自尊感情と劣等感~自分と他人を比較しましょう
人間の成長とは、ある意味では「他人と自分の違いを知る」事だと思います。
そして”違い”を知れば「全く別の人格や個性を持つ存在として自分と他人を認め
お互いを尊重してゆく」というのが理想形だと思います。
そしてまず「違いを知る」為には、人間関係の中で時には非難されたり、また時には
称賛されたりしながらの「比較したり、比較される事」が大切だと思います。
ですから(人によっては、しんどいかも知れませんが)人間関係の中で様々な経験
をしないと「自分がわからない」という状態に陥ってしまうかも知れません。
もしあなたがその様な「自分がわからない状態」なら、何かに救いを求めたり、
依存するのではなく、思い切って人間関係の只中に飛び込んでみませんか?
確かに人間関係の中に飛び込むのは苦しいかも知れないし、辛い事かも知れません。
でも、そこから”逃避”して”別のもの”に救いを求め、それに依存してしまうと
「根拠の無い全能感」=傲慢に陥っちゃう可能性があります。
(だって比較対象が無い訳ですから)
この「傲慢さ」は自尊感情とは全く別物です。
健康な「自尊感情」を持ってる人は「他尊感情」も併せ持ってるはずだからです。
(傲慢な人は他尊感情を持ってるでしょうか?)
ただ、「そんな事言っても人と接すると傷ついて辛いだけだし・・・」
という人もいるでしょう。
そんな人は「偏った一面だけの違い」を探してるのかも知れません。
「他人と比べてダメな所、劣ってる所(=自分の短所)ばかり探し」たり
「他人が自分より優れてる所(=他人の長所)ばかり探す」と
途端に「劣等感」に襲われるでしょう。
逆に自分の長所ばかり探したり、他人の短所ばかり探すと、途端に
「傲慢」になっちゃうでしょう。
そしてこれらはどちらも”フェア”では無い方法だと思います。
(※勿論それが役に立つ場面もあります)
では、どうすれば健康な自尊感情と他尊感情が持てるのでしょう?
僕が思うに、まず自分と他人の「長所」と「短所」、つまり他人と比較して
「優れてる所」と「劣ってる所」を調べ、客観的に正当に評価します。
(自己評価がわからない場合は他人に聞きましょう)
次に、自分の「短所」の中で「努力したら何とか改善できるもの」と
「努力しても難しいもの」(例えば、身長や顔の造作等)とに分けます。
そして努力して何とかなりそうな部分は、手本になる人を真似たりして改善
して行きましょう。
逆に努力では何とも難しい部分は”諦めて受け入れ”ましょう。
※(勿論長所は、そのまま受け入れましょう)
同様に他人に対しても、一人ずつ長所と短所を調べてゆき、長所はそのまま認めて
(あわよくば手本にさせてもらって)短所は(他人に改善の努力は強要できないので)
”諦めて受け入れ”ましょう。
受け入れたからと言って、その人と付き合うか付き合わないかは勿論あなたの
自由です。
そうやって自分や他人を認めて受け入れてゆけば、もっと”楽”に生きて行ける
でしょうし、おのずとやりたい事や天職もわかるかも知れません。
僕はそれを通して初めて「他人と自分を比べる」という事から解き放たれた
”自由”が手に入るのだと考えています。(偉そうに言ってますが僕もまだ
”道半ば”です(笑))
何故ならば、自分がわからないままで、それを避けてやりたい事や天職を求めても
それは逃避なのかも知れませんし、もしそうなら待っているのは自由ではなく
「依存」だと思うからです。
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