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コラム/2018-08

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2018/8/2 (木)

それは誰の期待に応える為?~自分の人生を取り戻す

「〇〇士になる為、一生懸命勉強してきたけど資格試験に落ち続けて、
 今は燃え尽きて何もする気が起きません」

「晴れて希望の大学へ合格しましたが、何故かやる気が出ません」

「願い通りの仕事に就いたけど、
 うつっぽくなって仕事に行けなくなりました」
・・・

自分の望みや目標を叶えようと頑張って来たのに或る日突然、
やる気がなくなってしまったり、
燃え尽きてうつの様になってしまう人もいらっしゃいます。

勿論、全てのケースに当てはまるものではありませんが、

中には”自分が本当に望んでいる事ではない事”を懸命に頑張り続けて、
無意識が「もう勘弁してくれ!」とストライキを起こしてしまう
事もあると思います。

”自分が本当に望んでいる事ではない事”・・・

それは一体どういう意味でしょう?

例えば、
 父親が医者や○○士で、その職業に誇りを持っている場合は、
「我が子にも苦労させたくない。
 自分と同じ道を歩んで幸せになって欲しい・・・」

そう思うのが”親心”でしょう。

或いは、
「自分は高卒で苦労した。だから我が子には良い大学に入って、
 良い会社に入って同じ苦労を味わわせたくない・・・」

これも”親心”ですよね。

僕自身も、それ自体は親の全うな愛情だと思います。

ところが、
中にはその「親自身の希望・期待」を
我が子に意識的・無意識的に押し付けてしまう親御さんもいらっしゃいます。

本来は親と子は別々の存在であり、お互いの人生を尊重する事が理想
だと思いますが、

子側に選択肢を与えていない、つまり子の自由意思や選択を尊重していない、
と言う事になります。

言葉は悪いですが「我が子を自分の一部」とみなして取り込んでしまってる
と言えると思います。

例えば、
 親が望む志望校や資格、職業に向けて子が順調に進んでいる場合は
 子を褒めて、

 そうでない場合は叱ったり、説得にかかったり、言葉には出さなくても、
 態度や表情で落胆の意を表してしまう・・。

 言わば、言語や非言語でのある種の”強要”です。

 そして子側も、まんまと「お父さんの期待に応えよう!」
 「お母さんを喜ばせよう!」と頑張り続ける訳です。

勿論これも親が大好きで素直で良い子であればある程、
そうなる可能性は増えるでしょう。

親を愛し、大好きだからこそだと思います。

ところがそれが嵩じると、自分の自由意思や選択を放棄してしまい、
(こちらも言葉は悪いですが)
親の期待や欲求に依存してしまい自分の人生ではなく”親の人生”を生き続ける
事になってしまいます。

もしその様な人生を選んでしまうと、
「自分(自我)」が育ちにくくなってしまうでしょう。

そうして、遅まきながら自我が育ってくると、

「あれ?!自分というものが無い」
とか
「何の為にこれを頑張って来たのか?!」
等と空虚感に襲われたり、無意識の抵抗によってストライキが始まったりする
訳です。

もしあなたに思い当たる所があるのなら、
今あなたが歩もうとしている道が「誰の期待を満たす為か?」
一度じっくり考えてみませんか?

「私がこの道を進めば誰が喜ぶだろう?」

 「私がこれに合格すれば誰に真っ先に報告したいだろうか?」

 「私がこの道から外れると、誰が悲しむだろうか?」
 ・・・。

もし、それらの”答え”として「親」が浮かんだら
それはあなたの欲求や期待ではなく
親の欲求や期待を優先しているからかも知れません。

(※「たとえ親が喜ばなくても、その道へ進みたい」のであれば、
  親子の利害一致という事でそれはそれでいいと思いますが)

その上でもしあなたが「親の人生ではなく、自分の人生を歩みたい」
と感じたのであれば、自分の人生を取り戻す旅に出掛けませんか?

まず、その旅の心掛けとして

①親を責める事に執着しない

親も元々はあなたへの愛情があるからこそだった筈です。
 勿論「私の人生を返せ!」と憤りたくなるのも当然です。

 ただ、そこにいつまでしがみついていても、
 自分の人生の旅を始める事ができません。

 ですから、ひとしきり親への怒りを感じたらそれを手放して行く
=つまり、自分の人生をどう取り戻すか?に意識を向けてゆきましょう。

②自分を責めない

親の欲求や期待に依存したのは、あなたが親が大好きだからです。

 そして、自分の意見を通さなかったのは、
 あなたが人一倍優しかったからではないでしょうか?

 そんな過去のあなた自身を愛おしく感じてみませんか?

準備が整ったらいよいよ旅の始まりです。

でも、
おいそれとは自分のしたい事、進みたい道はみつからないかも知れません。

ここで大切な事は
すぐに自分の人生が見つからなくても焦ったり失望しない事です。

なんせ、他の(反抗的な)子達は
「親はこうしろと言うけど、私はどうしたいの?」

「親の期待になんて答えたくない。でも、じゃあ私は何がしたいの?」

と長年苦しみもがいて自分の道を見つけて来た訳です。

それを今からやろうとする訳ですから、決して簡単に見つかるとは限りません。

でも、
親への怒りに執着せず、自分を責めずに
「私は今やっているこれが好き?嫌い?」

「私は今どんな気持ち?」

「私は今、お腹減ってる?減ってない?じゃあ、何食べたい?何飲みたい?」

「私は今、眠い?眠くない?じゃあ、寝たい?寝たくない?」

まず自分の感情や欲求を感じる事から始めていけば、
その延長線上には必ず自分の人生がある筈です。

※以前の記事
「やりたくない事をいきなりやめていいのか?」
「やりたくない事を手放してゆく」
 もご参照ください。

それは長い旅になるかも知れません。

でも、他人の為の人生に対してでもそこまで頑張れたあなたなら、
きっと自分の為の人生も同じ様に、いやそれ以上に頑張れる筈だと思います。



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