アダルトチルドレン?共依存?世代間連鎖?~愛情のもつれを解く

アダルトチルドレン?共依存?世代間連鎖?~愛情のもつれを解く

ある町にとても頑張り屋で家族思いの夫と、愛情豊かで献身的な妻がいました。

そしてその夫婦には、愛らしい娘が一人いました。

娘が小学校に上がる前に、夫は上司の酷いパワハラに遭い仕事を辞めざるを
得なくなりました。

退職後、夫は愛する妻とまだ幼い娘の為に必死で職を探しましたが、不景気
も手伝って、履歴書を何百通書いても、面接を何十社受けても仕事が見つからず
2年が過ぎました。

やがて夫は、ふがいない自分を責めはじめ、酒に溺れる様になりました。

妻は「自分が何とかしなきゃ!」という思いで、パートを3つも掛け持ちで
仕事と家事・育児をこなし、文字通り一家の大黒柱の役割を担いました。

娘は、そんな母を見て父への憎しみを心に秘めながらも、時には母の愚痴を
聞いたり、家事を手伝ったりして母と同じ様に献身的で愛情たっぷりの女性
へと成長しました。

娘はやがて適齢期を迎え「お父さんとは正反対で家族思いでお酒を飲まない男性」
と結婚しました。

ところが結婚して数年後、娘の夫は事業が失敗して借金を抱えてしまいました。
彼らの息子がまだ2才の時です。

彼は「愛する家族に迷惑を掛けたくない。何とか返済しなきゃ!」と
ギャンブルに手を出してしまいました。

借金は減るどころか、ますます増える一方で、そんな夫を娘はパートを掛け持ち
して支えていましたが、万事休す。夫は「これ以上迷惑を掛けられない」と
離婚して家を出ました・・・。

娘は自分の不幸を呪い、夫を父の姿に重ね合わせ二人を呪いました。

そして、自分の生き辛さの原因を本やネットで調べました。
「アダルトチルドレン」、「共依存」、「世代間連鎖」・・・。

そして娘は「そうだわ、私はきっとアダルトチルドレンなんだわ!
そしてこの”共依存”的な性格はきっと母から”世代間連鎖”で受け継いだんだわ!」

ー そんな風に考えると、あれだけ好きだった母までも憎い存在に感じて
  しまい、さらにそんな感情を持ってしまう自分をも責めてしまう娘の姿
  がありました。

ー これはあくまで僕が勝手に作ったフィクションです。

でも、似たような状況で苦しまれてる方も少なくはないと思います。
では、誰が悪いのか?

僕個人としては、ここに登場する人物全員が「家族思いで愛情に溢れた人」
なのだと思います。

勿論、娘の夫や父は「ダメ男」だと思います。

ただ、例えば、彼らの父親も同じ様に、妻に依存してしまう「ダメ男」
だったとしたら?

彼らも「父親の様にはなりたくない」との思いで、必死で頑張ったのかも
知れない。だからこそ「家族の為に」という思いが強く、逆に空回りしちゃった
のかも知れません。

そして彼らの無意識には「妻は夫を支えてくれるもの。最後は依存したらいい。」
という先祖代々のパターンが染みついていたのかも知れません。

逆に「共依存」という観点からすれば、夫の飲酒やギャンブルを支えてる母親や娘
に問題があると言う見方もできるでしょう。

でも彼女達も、無意識の中に染みついた「共依存のパターン」に翻弄されてる
としたらどうでしょうか?

母親もそのまた母親の共依存的な姿を見て育ち、それが先祖代々続いていたら最早
「誰の責任か?」なんて事は無意味だと思います。

ゲシュタルト療法の百武先生が(家族の)”愛情のもつれ”と表現されて
いましたが、僕もその表現がピッタリだと感じます。

ー 誰も悪くなく、みんな愛情に溢れてるのに、愛情がもつれて絡んで
  しまっている、だけ・・・。

では、どうしたらその「愛情のもつれ」を解く事ができるのでしょう?
→ 僕はまず、家族の誰かが、それに「気付く」事が大切だと思います。

例えば、父が酒に溺れかかった時に気付けば「あっ!今の俺は、あれだけ
嫌ってた、親父とそっくりな事をやって妻に迷惑を掛けてる!」と気付く。

或いは、娘が「あっ!この状況って、うちの両親と同じパターンだわ!
このまま黙って夫を支えたら、お母さんみたいに苦しい人生を繰り返し
ちゃうかも?」と気付く、等々。

次に、(その無意識のパターンに)気付いたら「それを変えよう!」と決心
して実行して行く。

例えば、父親だったら断酒の決心をして、治療を受けて、再び仕事を探すとか
娘だったら、「もういい加減にして!」と夫に言って、ギャンブル資金を
取り上げる、等。

そうした「愛情のもつれ」を解く為に僕らがお手伝いできる部分は、
「気づきの促進」と「決心の後押し」だと思っています。

(※怒りや自責、抑うつ感が強ければ、まずそれの解消のお手伝いも
 必要になると思いますが・・・。)

あくまで、愛情のもつれを解くのは、それに気づいたあなたの決心と実行力
にかかっていると思います。

しかも、それは「おどろおどろしい先祖代々の因縁」を解くのではなく、
それに気づいたあなたの無意識のパターンを変えたり、あなたと家族の間の
関係の仕方のパターンを崩してゆく事で実現できると思っています。

「愛情が大きければ大きいほど、憎しみも大きくなる」と言われています。

愛情のもつれが、大きければ、それだけ本当は家族の愛情も深いからだと
思います。

そしてそれを解く事ができるのは、その家族の中でそれに気づいた人です。

逆に、その家族の一員だからこそ「解く事ができる」のだと思います。

#アダルトチルドレンのカウンセリングについては、
こちらにお書きしてますので、ご参照ください

#人間関係の悩みのカウンセリングについては、こちら

 

 

世代間連鎖の秘密(仕組み)~依存⇔共依存のACを例に

 

「彼氏や友人の為に、自分を捨ててまで尽くしてしまい気が付いたら自分が
ボロボロになっていた」・・・。

共依存とは簡単に言うと「自分を犠牲にしても他人を助けよう、支えようとしてしまい
それをする事で初めて自分に価値を感じる」という状態に陥っている人です。

そして、共依存と依存は表裏一体だと言えると思います。

何故なら、共依存で苦しんでる人の多くは「本当は誰かに依存したい。頼りたい」
という思いを心の底に封じ込めている場合が多いからです。

そして多くの場合は、この「共依存的な特質」は親から子、子から孫へと
家族の関係性の中で代々受け継がれてゆきます。

所謂「世代間連鎖」によって、アダルトチルドレンが生み出されてゆく訳です。

では、どういうふうに受け継がれて(世代間連鎖して)ゆくのか?

例えば、或る家族の母親A子さんは共依存的で、アルコール依存の旦那B男を
献身的に支えているとします。

そして二人の娘C子さんは、そんな様子を見て育ちました。

母はC子さんにB男の愚痴を言ったり、時には涙を見せたり「C子が心の支えだよ。
お前がいてくれるからお母さんは何とか辛抱できる」とすっかりC子に依存して
いました。

やがて年頃になったC子は恋愛しても彼氏に尽くしてしまったり、逆に依存して
しまって、いつもうまく行かず苦しんでいました。

→この家族の場合で言うと、母親のA子自身も、自分の母親を同じように支えて
 来たとすれば、その家族環境の中で「母(誰か)を助けなければ自分には
 価値が無い」という信念を持ってしまっていたのかも知れません。

 もしそうなら、その信念の為に母親A子は「本当は親に甘えたかったけど
 甘えられなかった」という大きな淋しさ・心残りを持っている筈です。

 そして、封印して来た「甘えたい」気持ちを無意識に娘に求めてしまっている
 訳です。

 つまり、この場合A子は母親の代わりに娘に甘えている訳です。

 そして母親A子は「お前だけが頼りだよ」とか、娘が支え、助けてくれる事に
 的を絞って褒めたり感謝する事を繰り返してきたとしたら・・・。

→そうです、娘C子は「私が(母を)支えなきゃ、助けなきゃ!私は母(誰か)を
 助けて初めて価値があるんだわ!」と刷り込まれた訳です。

 (立派な共依存”〇世”の出来上がりです)

 これは「何もしなくても、そのままのあなたを愛してるわ」という無条件の愛
 の真逆で「”助けてくれる”あなたを愛してるわ」という条件付きの愛です。

 ※因みにこういった”条件付きの愛”で育てられれば
 「(何もしない)そのままの自分には価値が無い」と思い込む事が多くなります。


 
 そして娘C子は「母を助けなきゃ」という思いが強いので、母を裏切る事
 になる自立や結婚を無意識的に失敗させてしまう力が働く事も多いでしょう。

 (※そうなれば、母親A子にとっても、いつまでも娘が自分を助けてくれる
  ので都合がいい訳です)

 また、仮にその”見えない力”に逆らって、結婚できたとしても、
 娘C子は「人を支えなきゃ、助けなきゃ」で夫を支えるでしょうが、その心の底には
 「母に甘えたかったけどできなかった」という淋しさ・心残りがありますので
 自分の子供に依存して、その子がまた共依存的になり・・。
 と連鎖が続いてゆく訳です。

これはあくまで一つの例です。そして母親やお祖母ちゃんだって同じ状態だった
とすれば、最早誰のせいでもありません。
単に家族のパターンです。

では、どうすればこの”世代間連鎖”を断ち切れるのか?

→まず初めに、その連鎖に気付く事です。

そして気付いたら、パターンの連鎖を崩す為に、例えば逆に母や彼氏・旦那に甘える
とか敢えて母から離れて自立する、等今迄やった事無い様な事を色々試してみて
下さい。

それでも難しい場合はどうかお気軽にご相談下さい。

#アダルトチルドレンのカウンセリングについては、
こちらにお書きしてますので、ご参照ください

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共依存や自己犠牲的な性格で苦しんでるあなたへ

 

あなたはもしかしたら「いつも人の顔色ばかり伺ってしまう自分」にうんざり
しているのかも知れません。

或いは「我が身を犠牲にしてまで家族や他の人達を助けようとしてしまう自分」
が苦しくてたまらないのかも知れません。

そうして、ネットや本で調べてみつけます。

「あっ!私はこれに当てはまってる・・・。共依存なんだ」と。

そして「自分は共依存というものを抱えた”問題がある人”」とレッテルを貼って
増々苦しんでしまう・・・。

あなたは「嫌われたくないから、愛されたいから他人に気を遣い過ぎる自分」
を「なんて弱い人間なんだ!」と思ってるかも知れない。

「自分を犠牲にしてまで他人に尽くしてしまう自分」は
「ダメな人間だ」と思ってるかも知れない。

でも僕は、それを「弱い」とか「ダメだ」なんて思わない。

それは「弱さ」ではなく「優しさ」であり、「ダメな所」ではなく
「かけがえのない長所」だと思う。

例えばあなたは、そんな「優しさ」や「長所」を切り捨てて、
「他人の事を全く考えない自己中人間」になりたいですか?

「困ってる人に見向きもしない冷血人間」になりたいですか?

あなたの「他人への気遣い」や「他人を助けようとする優しさ」は
素晴らしい長所ですから、決して捨ててはいけないものだと思いますよ。

じゃあ、なんでこんなに苦しいのか?

→ それは恐らく、あなたはとても「素敵な優しさ」や「他人を助ける強さ」を
  持っていながら「自分を助ける強さ」が少し足りないのかも知れません。

「自分を助ける強さ」が少し足りないと、どうしても自己犠牲的になってしまい
自分が苦しくなる・・・。

もしよかったら、今からやってみませんか?

ー あなたの長所はそのままで「自分を助ける強さ」を取り戻して行く事を・・・。

では、いったいどうすればいいの?

→まずあなたができる事は「自分の価値を見出して、できる限り沢山集める事」

 例えば、あなたが今迄してきた「気遣い」や「人助け」を順番に思い出して
「今迄私はどれだけ他人を気遣って、助けて来たか?」を考えてみませんか?

 そうして、どれ程自分が優しく愛に溢れた人かを正当に評価してあげましょう。

ー「私はこれだけの事をしてきた。何て優しいんだろう。
  よく頑張って来たよね。偉いよ・・・。」等。

更に毎晩寝る前に”人助け”以外にも自分に価値のある証拠になるどんな事を
その日したのか?を思い返しましょう。

ー例えば「こんなに辛いのに、よく頑張って仕事したよな」とか、
 「あんな酷い上司の元で文句も言わず、よくやってるよね、私」等。

※万が一ご自分に対する評価が厳しすぎる人は、
 「親友や家族に今日一日の出来事を聞いてもらったとすれば、
 自分のどの部分を評価してくれるだろうか?」と考えてみるのもいいでしょう。

そうやって自分の価値を少しずつ見出して行けば「自分を助ける強さ」も
徐々に身について行くでしょう。

そうなれば、あなたの「優しさ」は増々磨きがかかり、
「優しさ」と「真の強さ」を身に付けた、もっと素晴らしい人になるでしょう。

それでも尚、苦しかったり、中々うまくできない人はどうぞお気軽にご相談下さい。

 

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こちらにお書きしてますので、ご参照ください

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義務感から他者に貢献しても自信は生まれない

 

「他人を助けたいです」

「他人の役に立ちたいです」

何も対人援助職でなくても、そういった考え方を持つ人もいらっしゃると思います。

そしてもしそういった「他者への貢献」が自分の本当の目的や欲求であった場合は
自信が生まれていくでしょう。

ところがいくら他者に尽くしても自信が生まれないのであれば、
考え方がどこか間違ってるのかも知れません。

もしあなたがそうであるならば、こんな事を自分に問いかけてみませんか?

ー「私が他人を助けなかったら、どんな自分になっちゃうのだろう?」

ー 「もし、他人の役に立たない人間になったとしたら
  他人は私の事をどう思うのだろう?」

もし、その答えが
「価値のない人間になっちゃうかも・・・」とか
「誰も私の事を認めたり評価してくれないだろう」とか
「きっと、嫌われちゃうだろう・・・」等と
感じるのであれば、

「他人を助けたい」という想いは本当の目的・欲求
(~したい、~を得たい、~になりたい)ではなくて、
本当の目的・欲求を満たす為の単なる手段に過ぎないでしょう。

そして、手段は往々にして「(その目的を果たす為に)~しなければならない」
といった「義務」の形になります。

上の場合の例で言うと、本当の目的は「他人から認められたい」とか
「他人に嫌われたくない、好かれたい」等で、
その為の手段として
「他人を助けなければ”いけない”」
「他人の役に立たなければ”いけない”」
といった「義務感」に駆られてしまう訳です。

そして「義務感」でいくら他人を助けても役に立っても自信は永遠に生まれない
でしょう。

何故なら他人を助けて当たり前、役に立って当たり前な訳ですから。
(なんせ”義務”ですから(笑))

そして”当たり前”の事をした訳ですから、他者から称賛や労いを受けても
受け取れませんので、自信には繋がらないでしょう。

しかも、「当たり前」の事ができなかった時にはできない自分を責めてしまい、
余計に自信を失う事になります。

そしてもっと根本を言うと、
本当の目的は「他人から認められたい」「他人から好かれたい」だったですよね。

でも、自分がいくら”義務”を果たしたからと言って
他人が自分の事を認めるか否か、好いてくれるか嫌うかは他人の自由な訳です。

ですから、もし他人が認めてくれなかったり好いてくれなかった場合は、
「ここまでしてやったのに、何で認めてくれないんだ!好いてくれないんだ!」
と思っちゃう訳です。

俗に言う「見返りを求める」状態ですね。

これじゃあ、自信どころか”怒り”や”不信”を育ててしまいます。

では、どうすればいいのか?

一番いいのは「他人の事はどうでもいい!」と仕事でも部活でも
他者との関わりの中で自分のしたい事をして、その中で自信を育んで行く事
だと思います。

そんな事をすれば、もしかしたら批判を浴びたり嫌われたりするかも知れません。

でもそれを貫いていって、譬え失敗もあったとしても
「自分はどの部分は成し遂げたかな?」とか
「誰かの役に立ってるとしたら、誰にどんな役に立ったのだろう?」
と考えてみる事です。

(おおよそ、どんな仕事でも誰かの役に立たないものはないと思います)

ただ、もしあなたに「したい事」がないとすればどうしたらいいのでしょう?

そういう人は、一つのやり方として、
「自信をつけたい」を目的にして、「したくない事や苦手な事をする」
というのもいいかも知れません。
端から「したくない事や苦手な事」ですから、”できなくて当たり前”、
少しでもできたら自信になります。

(※「できて当たり前」の”義務感”でやるのが減点方式だとすれば、
  これは加点方式です(笑))

そして、その中で他者への貢献をほんの少しでも感じる事ができれば、
自信は一気に上がってゆくと思います。

 

#共依存,アダルトチルドレンのカウンセリングについては、
こちらにお書きしてますので、ご参照ください

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共依存と無償の愛

 

ご相談に来られるお客様の中には「私は機能不全家族で育ったアダルトチルド
レンです」とか「私は共依存じゃないかしら?」と悩まれていらっしゃった
方も少なくないです。そして、このコラムを読んで下さってる方の中にもそう
いったお悩みやご不安をお持ちの方もいらっしゃるかと思います。

そこで今回は「共依存」と呼ばれる人達が、いかに「愛に溢れた人」になり得るか?
についてお書きしたいと思います。

「共依存」という言葉は、アルコール依存症者患者の配偶者や家族が患者自身
の症状の維持に、本人は無自覚だけれども実は手を貸していて、依存ー共依存
の関係性というパターンを築いてるという事が”発見”された事が始まりだと言
われています。

一般的な定義で言うと、共依存とは「自己評価が低く、他者に必要とされる事で
初めて自分の存在価値を感じる事が出来る為、他者に対して自己犠牲的な献身を
強迫的に行い他者をコントロールしようとする事」です。

私自身、高校生の時から「人の為に、人類の為に」という思いが強く、よく周り
の人から「いい加減に”人の為に”を止めたら?まず自分でしょ?」とその
”共依存的”な所を何度もたしなめられていました。

今から振り返ればその当時の自分は自己評価も低く、強迫的な所も少しはあった
かも知れません。(実際に今でも”共依存度チェック”をすれば、高得点が
取れます(笑))

それでは「共依存」とは、悪い事なのでしょうか?

⇒確かに、その為に自分自身がしんどく感じたり、相手の人や周囲の第三者の
 人達が問題を抱えているのであれば”問題である”とも言えるでしょう。

ただ、私は「共依存的になれる」というのは自分の「個性」であり「大きな長所」
ともなる”特質”だと思っています。

ある先生が「究極の共依存は愛である」と書いておられましたが全く同感です。

例えば「共依存」とは正反対にいる人達の特質を定義すれば、

⇒「自己評価が高く、他者に必要とされるか否かが自分の存在価値を左右する事
 はないと感じている。 そして他者に対して自分にメリットがないような献身は
 せず、他者をコントロールする気もないので”私は私、あなたはあなた”という
 境界線をきっちり引いている。」という事になると思います。

⇒うん、確かに世間一般でみられる「自立した大人」ですね。

でも、例えばハンディキャップを持った我が子に対する母親の”無償の愛”や
ナイチンゲールやマザーテレサの様な”献身的な愛”とは遠い感じがします。

では「母親の無償の愛」や「マザーテレサ達の献身的な愛」とは何でしょうか?

⇒それを私なりに定義すると、
 「自己評価は妥当で、特に他者に必要とされる事で自分の存在価値をもっと強く
感じる事ができる為、他者に対して自己犠牲的な献身を自ら選んで行い、しかも
それによって他者をコントロールしようとしない。」というところでしょうか。

⇒(もしこの定義が当たっているとすれば)これって、「共依存の定義」と近い
と思いませんか?

少なくとも、共依存とは正反対の位置にいる人(正常と言われてる人?)よりも
近い感じがします。

私は「共依存」は”無償の愛”や”献身的な愛”への発達段階だと思います。

もう少し発達・成長すれば自他共に認める「愛に溢れた人」になれる可能性が
ある”惜しい”人だと思います。

では、どうすれば発達・成長できるのか?ですが、まず以下の「共依存の人の
パターン」と「愛に溢れた人のパターン」を見比べて下さい。

①「共依存の人のパターン」
 他者への献身⇒自分を正当に評価しない⇒フィードバックを受け取らない
 ⇒感謝できない⇒一方的な他者への献身=他者の支配・コントロール

②「愛に溢れた人のパターン」
 他者への献身⇒献身してる自分を正当に評価⇒他者からの、フィードバック
 を受け取る⇒他者の存在への感謝⇒益々他者への献身

どうでしょうか? 両者がよく似ているのがおわかりだと思います。
だから「共依存の人」は「愛に溢れた人」にあと少しで成長し得るのです。

ただ、その為に必要な事は

・「献身してる自分を正当に評価」=そうする事で自己評価が高まる。

・「他者からのフィードバックを受け取る」=もし何らかの”見返り”や感謝
 があった場合でも、それを受け取らないと「自分にはそんなものを受け取る
 価値がない」と増々自己評価を低めてしまうのと、次の「他者の存在への感謝」
 も感じられなくなります。
  (※もし、目に見える形でのフィードバックが無くても「この人から私は
  何を与えてもらってるのだろうか?」と自問し、見つけて下さい)

・「他者の存在への感謝」=それを感じる為には正当に”自己評価”を
 してあげて「相手の役に立ってる」事を自分自身で認め、相手が与えてくれ
 てるもの(フィードバック)を見い出し「自分にはそれを受け取る価値があ
 る」ときっちり受け取って初めて”感謝”ができます。

そして「他者の存在への感謝」があって初めて一方通行ではなく、まして支配
やコントロールではない、「無償の愛」や「献身的な愛」へと変えてゆく事が
できると思っています。

ですから「共依存」と思っている方は(その特質を活かさない手はないので)
「マザーテレサ」の様な方を目標に、成長して行く事ができると思います。

 

#人間関係の悩みのカウンセリングについては、
こちらにお書きしてますので、ご参照ください

 

 

 

 

他人に甘えたり頼ったりできない人へ

 

他人に甘えず、頼らず、何事も自分一人で抱え込んでしまい、
しんどくなって行き詰っている人・・・。

もし、あなたがそんな「独立独歩な完全に自立した強過ぎる人」なら、
強すぎるが故にしんどくなっているのであれば、
一度こんな事を考えてみませんか?

ーあなたはもしかしたら、他人に甘えたり頼ると迷惑を掛けてしまう
 と思い込んでいるのでしょうか?
 それとも、拒否されるのが怖いのでしょうか?
 或いは、その両方でしょうか?
 でも、それって本当なのでしょうか?

  例えばあなたの大好きな友人で普段は他人に甘えずに自力で解決して来た人が
 「ごめん、今行き詰っちゃって・・・。
  あなたの力を貸してもらえたら、助かるわ」と、あなたに頼ってきたとします。

 あなたは、その友人の申し出を「うざいな!」と拒否するでしょうか?
 「迷惑だ!」と思うでしょうか?
 恐らくあなたは、喜んで力を貸すのではないでしょうか?

 そして、あなたの力を借りた友人が「有難う!お蔭様で助かったわ!」
 と言ってくれたら、あなたはどんな気持ちになるでしょうか?

 多分あなたは「この人の役に立てた!」と思って
 嬉しくなるのではないでしょうか?

 「他人の役に立つ事」は誰でも嬉しい事です。

 そして「他者への貢献感」という大きなギフトを受け取る事ができます。

かのマザー・テレサはインドのスラム街で托鉢をなさったそうです。
つまり、マザー・テレサは最貧層の人達に「甘えて頼った」訳です。

彼女に食べ物を与えたスラムの人達は恐らく
「どうせ俺たちは誰の役にも立てない。他人に頼って生きるしかない」
と思って生きて来たのではないでしょうか?

でも、マザー・テレサに食べ物を恵んであげた事で、
恐らく生まれて初めて「他人の役に立つ喜び」を感じたのではないでしょうか?

あなたの周りにも、あなたの役に立ちたい、あなたに貢献する喜びを得たい、
と思っている人がいるのではないでしょうか?

そんな人達に「他人(あなた)の役に立つ喜び」を感じさせてあげませんか?

勿論、相手を選ばなくてはならないとは思いますが・・・。

あなたが一番信頼していて好きな人。
家族や友人、知人、誰に貢献感というギフトをプレゼントしたいですか?

その人にギフトを届ける為に、
思い切って甘えたり頼ってみるのはどうでしょうか?

 

#性格の改善のカウンセリングについては、
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多くの苦しみの始まり~「自分は愛される価値が無い」

 

現場で臨床をしていてつくづく感じさせられる事があります。

人間関係の悩みや鬱、不安、依存、パニック、強迫、過食、等の
様々な症状・・・。

所謂「心因」と呼ばれる症状や悩みの90%以上は、
子供時代の親との関係で作られた”ルール”を大人になってからも手放せず、
パターン化してしまってるからだと感じます。(俗に言うアダルトチルドレンです)

そして、これらの”ルール”は、「禁止令」とか「ビリーフ」と呼ばれ、
「~ねばならない」とか「~しなくてはいけない」「~してはいけない」
等という形で、今も無意識の中にあって意識と葛藤を起こし、
意識よりも優先されてしまう。

例えば、パニック障害(広場恐怖を伴う)に襲われてる人の多くは
「助けを求めてはいけない」、「迷惑を掛けてはいけない」等の禁止令が強すぎて
助けを求められない場や迷惑を掛けてしまう状況でそれらのルールが働き過ぎて
「助けを求めたいけど、求めちゃいけない」、「迷惑掛けちゃいけないのに
迷惑掛けてしまう」等といった板挟みに遭って、行き詰りパニックに襲われる
人が多い様に感じます。

もしそうなら、それらの禁止令に縛られていない人、
つまり誰にでも遠慮なく「助けて!」と言えたり、「迷惑かけるのもお互い様だ」
なんて考えられる人はパニックは起きないでしょう。

また例えば、強迫性障害に襲われてる人の多くは「完璧でなければいけない」
という禁止令に縛られてる人が殆どです。

もし、こういう人が「いい加減でいいや。失敗しても間違ってもいいや」等と
禁止令を解除できれば、殆どの強迫を打ちのめす事ができると思います。
※他の症状等も、多くは禁止令から来ていると感じます

そして、この無意識に刷り込まれた禁止令の基になる間違った思い込みは
一体何なのでしょうか?

それは、僕の私見では根本に「私は愛される価値が無い」という
間違った思い込みがあるからだと思います。

幼少期の親との関係の中で、「私はこの家に存在していいんだ」
「何もしなくても愛される存在なんだ」という無条件の愛情を受け取れなかった
場合・・・。

勿論、虐待やネグレクトする親は言語道断ですが、親はそんなつもりはなくても
子はそういうメッセージを受け取ってしまう事もあるでしょう。

そして、子は「自分は愛される価値がない」と信じ込んでしまう。

そうなると、このままでは「親に愛されずに嫌われてしまう!」
と恐怖に支配されてしまう。

だから、親に愛される為、嫌われない為に様々なルール=禁止令を
作らざるを得なかった・・・。

例えば「助けを求めてはいけない」相手や「迷惑掛けてはいけない」相手は
親だったのではないでしょうか?

もし、その時に親に助けを求め続けたら、うっとうしがられて
「嫌われちゃうかも・・・?」と怖かった。
親に迷惑掛けたら、「愛してもらえないかも・・?」と思った。

そして子供時代に作ったルール(禁止令)は大人になっても自分を支配し続ける。

でも、それら「しなければならない事」に追い立てられて疲弊し、
もしそれができなかった時には自分を責めて苦しくなる・・・。

更に、そのルール(禁止令)は「できて当たり前」なので
できた所で、何の達成感も自信をも自分にもたらさない。

おまけに、そのルール(禁止令)に沿ってやる事で精一杯で、
自分のしたい事や欲求は後回しにされるので、
気が付けば、「自分が「何をしたいのか?」がわからなくなっている・・・。

とまあ、多くの場合このルールが今の”生き辛さ”のパターンを形作ってる
と思います。

では、どうすればこのルールを解除し、パターンを変えられるのか?

それは、

①「自分は愛される価値が無い」というのは勘違いだったと気付く事

→自分が子供だった頃の親の言動の中で自分を無条件で愛してくれていた証拠を探す

②ルール(禁止令)を打ち破る
→例えば「助けてもらっても、迷惑掛けてもいいや!」「完璧でなくてもいいや!」
 と自分に言い聞かせ、そのルールに縛られていない人になった”フリ”をする
という事から始めてみる事ができると思います。

※ただ、無意識に長年刷り込まれている「思い込み」やルールを変える事は
 確かに難しいと思います。

そういった人は
うちのルームでそれらを解除し、変更してゆくお手伝いができます。

そういったルールが基で、今の症状や悩みに襲われている数百名の人のお手伝い
を行って来ました。

90%以上の方は、わずか2,3回の面談で部分的にでも思い込みやルールが
解除・変更され、多かれ少なかれ生き辛さから解放されています。

必要な方はお気軽にお問い合わせ下さい。

 

#アダルトチルドレンのカウンセリングについては、
こちらにお書きしてますので、ご参照ください

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条件付きの愛と条件付きの価値

 

もしかしたらあなたは子供時代に母親の言う事を聞いた時だけ褒められたり
認めてもらえたのかも知れない。

親の期待に応えた時だけ、親から見て「良い子」であった時だけ
怒られなかったのかも知れない。

或いは親の愚痴を聞いたり、親を助けた時だけ感謝されたり、優しくされた
のかも知れない。

そうやって、あなたの親は
「私の言う事を聞いた時だけ愛してあげる」とか

「私の期待に応えた時だけ、私の望む良い子であった時だけ認めてあげる」とか

「私を助けてくれたり、味方してくれたらあなたに優しくしてあげる」

等といったメッセージを幼いあなたに送り続ける。

これが「〇〇してくれた時だけ愛してあげる」という”条件付きの愛”。

あなたは本当は「テストが悪かろうが良かろうが、期待に応えようが応えまいが、
良い子であろうがなかろうが、助けてくれようがくれまいが、
私にとって大切な子よ!」と抱きしめて欲しかった事だろう。

でもあなたの親は、それをするには余りにも若く未熟で、
それを表現する術を知らなかった。

もしかしたら、はなからそういう能力がなかったのかも知れない。

素直なあなたは、やがて自分の価値に”条件”を付け始めた。

ー 「私は自分の考えや気持ちを後回しにして、
相手の言う事に従って初めて価値が出る」

「相手の期待に応えて初めて価値が出る」

「相手を助けて初めて価値が出る」・・・。

「その為に頑張らなきゃ!譬え自分がどんなに苦しくても。
でないと私の価値がなくなっちゃう」

そうやって大人になったあなたは、いくら頑張っても「条件付きの価値」に
いつまでも追いかけ続けられて、力尽きそうになる。

そして、親から得られなかった「無条件の愛」を恋人や旦那に求めても得られない
苦しみをまた味わう。

あなたは、その「無条件の愛」を今更親に求めても恋人や旦那に求めても
得られない事に気付き絶望するかも知れない。

では、誰に求めればいいのか?

あなたを無条件で受け入れて愛してくれるのはあなたしかいない。

子供時代の傷ついたあなたの心を癒す事ができるのはあなた以外はいない。

子供の時、そんな親のせいで苦しんだのであれば、確かに親が悪い。

でもあなたはもう様々な経験を積み、もしかしたら当時の親より、
色々な事がわかっている大人なのかも知れない。

これからは、あなたが「”無条件の愛”を自分に向けるのか?」
それとも「条件付きの愛を向け続けるのか?」、

「傷ついた子供時代の自分を放っておくのか?」それとも
「今の自分が癒してあげるのか?」をあなたの責任で選ぶ事ができる。

もしあなたが「自分で自分を無条件で愛したい。無条件に価値がある事を認めたい」
と決めたなら「子供時代の自分を癒してあげたい」と決心したなら、
いくらでもそのお手伝いができます。

僕がかつて自分にそうした様に、沢山のお客さんにそうして来た様に、
あなたの決心の後押しと、その方法をあなたにお伝えする事ができます。

 

#アダルトチルドレンのカウンセリングについては、
こちらにお書きしてますので、ご参照ください

#人間関係の悩みのカウンセリングについては、こちら

 

 

無条件の愛~子への愛と親への愛

 

「お母さんは私の気持ちをわかってくれなかった・・・」

「お母さんからの愛情を感じた事なんてない」

「お母さんは私の事を見てくれなかった。私を認めてくれなかった・・・」

大人になってからも、そういった親への「未完了の想い」が満たされず、
苦しんでおられる人もいらっしゃいます。

支配的な親、虐待的な親、ネグレクトっぽい親、気持ちをわかろうとしない親・・・。

或いは「あんたのせいでお母さんは不幸なのよ」という雰囲気を醸し出したり、
「あんたさえ生まれて来なければ・・・」といった酷い言葉を直接浴びせられて
傷つけられた人もいるかも知れない。

そんな親のせいで
「私は無条件の愛をもらえなかった」

「私には愛される価値なんてなかったんだ」
という勘違いが刷り込まれて、生き辛さを抱えてしまう・・・。

もし、あなたがそんな生き辛さを抱えているのなら
「本当に親は無条件の愛を私に示した事がなかったのか?」を
考えてみるのもいいかも知れない。

勿論、親は酷い言葉や態度であなたを傷つけたのは事実だと思う。

もしかしたら親も自分自身がACで未完了の想いを抱えていたり、
夫婦の問題や父母、義父母との関係経済面の不安等、様々な葛藤を抱えていて
「一杯一杯」だったのかも知れない。

でも、親の本当の愛情は言葉ではなく、行動に現れる事が多い。

例えば、あなたが病気になった時に、心配してくれたり
医者に連れて行ってくれたりしなかっただろうか?

もし心配してくれてたとしたら、それは何を意味するのだろうか?

あなたが本当に「要らない存在」なら、
病気や怪我をしても無関心だったとしてもおかしくない。

また例えば、親はご飯を食べさせてくれなかっただろうか?

もしあなたが「生まれて来なければよかった存在」なら、
わざわざお金と時間を掛けて食事を作る必要があったのだろうか?

或いは、あなたが突然行方不明になったとしたら親は探さなかっただろうか?

もし仮にそういった、親のあなたへの「無条件の愛」の”証拠”が集まったら、
「親の言う事を聞いた時にだけ愛されて、言う事を聞かない私は愛されない」
等といった「条件付きの愛」の裏に隠れているものに気が付く事ができるかも
知れない。

次に今度はあなたの番だ。
もしかしたら「私の思った通りの愛情をくれないお母さんなんて大嫌い」
と、あなた自身も親に対して「条件付きの愛」を与えていたのかも知れない。

でも、その裏には親への「無条件の愛」は隠れていなかっただろうか?

例えば、

あれだけ憎いお母さん、あれだけ怖いお父さんがいない時間、
あなたは寂しさを感じた事はなかっただろうか?

或いは、もし突然親が行方不明になったら、
子供のあなたは「せいせいした」と思っただろうか?

もし、あなたが親への無条件の愛を感じていなかったら、
「親がいなくなってせいせいした」と思うだろう。

でも、そうじゃないとしたら・・・。

それは、「あんな親でも居てくれるだけで良かった。居てくれなきゃ困る」
といった親への”無条件”の愛を持っていたからかも知れない。

もしあなたが「親からあなたに向けられた”無条件の愛”」に気付いて
「あなたから親に向けた”無条件の愛”」に気が付く事ができたのなら、

「私はお母さんから無条件で愛されてました。
 私もお母さんを無条件で愛してました。
 私はお母さんを許しました。
 お母さんも私を許しました。 有難う」
と、親を思い浮かべて呟いてみるのもいいかも知れない。

 でも、心の傷が大き過ぎたり、無条件の愛がみつからなかったり、
みつかっても「未完了の想い」が強くて許せない、等の場合は
お気軽にご相談下さい。

 

#アダルトチルドレンのカウンセリングについては、
こちらにお書きしてますので、ご参照ください

#人間関係の悩みのカウンセリングについては、こちら

 

あなたは勿論生きていていい、生まれて来てくれて有難う

 

親から虐待や育児放棄をされてきて「私がダメな人間だからそうされるんだ」
と思い込まされた人。

親同志(夫婦間)の葛藤があって、苦労や我慢してる母を見て
「私が生まれて来たから、お母さんは離婚もできずに苦労してるんだ」
と思い込んでしまった人。

或いは親から「あんたさえいなければ・・・」と直接言われてしまった人・・・。

そんな酷い子供時代を生き抜いて来た人の中には「私は生きていてはいけないんだ」
とか「私は生まれて来なかった方が良かったんだ」等と自分を責め続けている人
もいると思います。

でも、それは本当でしょうか?

そんな酷い状況の中を生き抜いて来た強さ。しかも誰のせいにもしない優しさ。
心が折れてしまってもおかしくないのに、逆境を耐え続けてきた頑張る力・・・。

あなたは本当に存在するに値しない人なのでしょうか?

あなたが好きな人や、親友や、祖父母・兄弟・親戚・先生等、あなたの味方に
なってくれる人はどう言うでしょう?

「ねえ、私って生きている資格はないよね? 生まれて来なかった方が良かった
よね?」と聞いたら、その人達は何て答えるでしょうか?

もしあなたが「私の事をわかってくれる人なんていない」と言うのであれば、
自分の力であなたが生きていていい証拠、生きている価値を探してみませんか?

例えば、あなたが大切に育てていた植物やペット達がいるのであれば、
植物や動物がもし喋る事ができたら何て言うでしょうか?

「育ててもらって、ありがた迷惑だった。あんたなんか生きてる価値なんてないよ!」
と言うでしょうか?

それでももしあなたが、理解してくれる人もいない、育てた生き物もいない、
という孤独の中でも頑張ってサバイバルして来た人なら、
こんな事を考えてみませんか?

ー地球上の全ての人間や動物達に酸素を供給して私達を”生かして”くれてる植物達。
地球上から二酸化炭素がなくなれば植物達は死滅するでしょう。

あなたが一生吐き出し続けた二酸化炭素のおかげで酸素が作り出され、
どれだけの植物が育まれ、どれだけの酸素が作り出され、どれだけの人や動物を
生かしてるのでしょう?

そして、またそれらの動物や植物がどれだけ多くの命を育んで、
どれだけ多くの人の心の痛みを癒しているのでしょう。

或いは、あなたが買い物で使ったお金、交通費等のお金・・・。

それらがそこで働く人の給料になり、赤ちゃんを育てるミルク代やその人達が
生きていく為のお金になるでしょう。

もしかしたら、その給料で買ったプレゼントが恋人のハートを射止め
幸せな家族がまた一つ増えたかも知れません。

(※そのお金があなたが稼いだお金じゃなくても構いません。譬え行政や家族からの援助
を受けたお金だとしても、あなたがいたからその人達にお金が入る事になった訳ですから)

或いは、いつの日かあなたがその苦しみを抜け出した時に、あなたと同じ様に
苦しんでいる人の生きる希望を与える事ができる人になるかも知れません。

ですから「私は生きていてもいいんだ!」、「生まれて来ても良かったんだ!」
と、どうかご自分に許可を与えてあげませんか?

 

 

子は親を一旦捨てる~執着から愛へ

 

「うちの娘は夜遊びばかりして家に帰って来ない事もあります。
 どうすればいいのでしょうか?」

「うちの息子は素直で大人しかったのに、最近では私を避ける様になり
 反抗的になって・・・」

僕は子供が親から自立してゆく為には一旦親を捨てる必要があると思います。

勿論、親を山に捨てる訳ではありません(笑)。

「お母さんが私の事を一番わかってくれる」

「お母さんだけには甘えられる」

「お母さんは世界一私を愛してくれている」

・・・子供にとって親は「唯一の存在」であり、当然最も深い愛着の対象です。

同様に、親にとっても子供は「唯一絶対」の愛着の対象でしょう。

そして、この「愛着」によって子供は親から無条件の愛をもらい、
「私は愛される存在だ」「私は安全だ」「私は”ここ”に居ていいんだ」
等という存在価値や自己肯定感が養われ、同時に他者(=親)の保護や愛情、
養育的態度を受けて「他者は自分を受け入れてくれる」といった、
他者に対する信頼も生まれていきます。

そして、親以外の他者と関わってゆく”勇気”や好奇心が育ち、
他者との関係性の中でアイデンティティーも育ってゆくでしょう。

やがて子の”自立”の時期が来た時にはその「愛着」は、
もはや今は必要がなくなったへその緒みたいなものに変わるでしょう。

この”へその緒”を切らなければ、自分の足で立ち結婚して家庭を築いていったり
という「自分の人生を自分で歩む」為の邪魔になるでしょう。

だから子供は”へその緒”を断ち切ろうとして口を聞かなくなったり、
家に帰って来なくなったり、家を出て行く訳です。

所が、青年期になってもどちらかの「愛着」が強すぎて
「執着」になってしまっていると自立に向けての正常な母子分離が難しくなります。

例えば夫婦仲がうまくいってない母親等が
「この子だけが頼り」と執着してしまうケースや
「お母さんに充分わかってもらえなかった」等と親に対する未練がある場合や
「(自分の事はさておいて)お母さんを私が助けなきゃ」等と”親を助ける人”
になってる場合はその執着を断ち切る事が難しくなるでしょう。

そういった時には、親の執着を断ち切るお手伝いをする場合もありますが、
子供側から親への執着を断ち切る時によく申し上げる事は、
「親を一旦捨てて下さい」という言葉です。

こんな事を申し上げると、泣き出したり、怒ったりポカンとされる人もいます。

無論、ここでの「親を捨てる」という意味は
「わかってもらえなかった」等の親への未練を手放したり
「自分を犠牲にしてまで親を助ける」等といった執着を捨てる、という事です。

ー 親を一旦捨て、自分が幸せになる事だけを考えてまず幸せになる事。

仕事で成功したり、結婚して幸せな家庭を築く・・・。
そうして自分が幸せになれば”余裕”が出来ます。
”余裕”ができた時にもう一度親に振り向いたらいいと思います。

その時には、あなたは既に幸せになっていて余裕がありますから、
もしかしたら「お母さんも若くして私を産んだから、私の気持ちをわかる余裕が
なかったんだろうな。仕方がないな」と諦められるかも知れません。

或いは、「お母さんは、私に依存してたんだなあ。
あの時、私がお母さんを助け続けていたら、お母さんはずっと私に依存しっ放しで
増々”弱い人”になっていたかも知れないし、私も潰れてたかも知れないな」
等と振り返る事ができるかも知れません。

そうして親を「対等な一人の人間として愛する」事ができる様になって
「相手から何かを得よう」とか「相手に依存しよう」という気持ちがなくなって
来るのだと思います。

その時にもし望むのであれば親の面倒を見たり、恩返しをしてゆく・・・。

その気持ちや行為ははもはや「執着」ではなく「愛」に変わっていってる
のだと思います。

 

#アダルトチルドレンのカウンセリングについては、
こちらにお書きしてますので、ご参照ください

#愛着障害のカウンセリングについては、こちら

##人間関係(親子関係)の悩みのカウンセリングについては、こちら

 

 

相手を心配する事を手放す

 

家族や恋人、親友等の自分にとって大切な人が病気になったり事故に遭った・・・。

そうした場合は、「心配で心配で・・・」という状態に陥るのが当然だと思います。

僕自身も母親が7~8年前に車に跳ねられ意識不明状態が1週間くらい続いた時、
最近では、妻が大量下血した時等、大層心配しました。

「母がこのまま意識が戻らずに植物人間になってしまったらどうしよう?
 もし死んでしまったらどうしよう?・・・」

「妻が末期がんだったとしたらどうしよう?・・・」

こういった「心配状態」はできるだけ速やかに抜け出した方が良いと思います。

何故なら心配し続けても何も変わらない所か、自分自身が心身共にしんどく
なって来ますし、心配された相手も、心配してくれて有り難い反面、
「私のせいで心配かけてごめんね」と自分を責めてしまうかも知れません。

もし、そうなったら二人共(或いは二人を取り巻く家族や近しい人達も)
決して幸せな時を刻めなくなってしまうでしょう。

では、どうすればいいか?

まず「相手がどうなってしまう事が自分にとって一番恐れている事なのか?」と
心配をとことん見つめてその”最悪の事態”になった時にできる対処策を考えます。

そして”最悪の事態”への対処策をはっきり自分に言い聞かせておいてから
手放します。

次に「相手がどうなって欲しいのか?」を考えます。

そして、そうなった時の相手の顔(笑顔?安堵した顔?)を思い浮かべます。
その相手の顔を思い浮かべた時に自分はどんな気持ちになって
どんな顔になるのか?を想像します。

例えば、入院してる相手を見舞った時に”最悪の事態”に自分の心の焦点が
当たりそうだったら「その時の準備はできてる」とそこへ集中する事を手放し、
代わりに「良くなった時の相手の笑顔」を想像します。
そして、その笑顔を見てる自分の中に生じる感情を感じてみましょう。

つまり、心配=怖れに集中してる時は、はからずも相手がそうなる事を
願ってしまってる状態だと言えます。

そのままでは、相手も自分をもネガティブな状態に縛り続け、
誰一人ポジティブな状態にはなれません。

ならば、相手が良くなった状態をイメージし、そうなった時の自分の感情を
感じる事によって、相手がよくなる事に集中し、相手へも自分へもポジティブな
エネルギーを送り続ける事ができると思います。

この事はカウンセリングやセラピーでも同様だと思います。

クライアントさんの中にはこちらが心配になる様な状態や状況に
巻き込まれている中でご来談される方も多いです。

僕はカウンセリング後にクライアントさんが笑顔になった時をイメージし、
その笑顔を見てる自分の中の感情を感じる様にしています。

そうすると、心配を手放す事ができ、とても幸せな気分を感じ、
笑顔になってる自分に気付く事ができます。

 

#不安障害・心配性の方のカウンセリングについては、
こちらにお書きしてますので、ご参照ください

#性格の改善のカウンセリングについてはこちら

 

 

親の面倒を見る・親の介護について

 

うちのルームにも

「お母さんの面倒を見なきゃ」
と浪費壁が強い母親の借金を背負ったり、

しんどくて動けない親の代わりに
家事やお世話を献身的になさって来られ
「いつまで続けなきゃいけないんだろう?」

と思いながらも、自分の時間を持てず、
気が付けば婚期のタイムリミット?を迎えてしまってる方もいらっしゃいます。

中には親から
「俺たち親を助ける為にお前を産んだんだ」
と言われ続けて育った方もいらっしゃいます。

とても素晴らしい親への愛情だと思って頭が下がります。

ただ、自分の幸せを犠牲にしてしんどくなってしまうのであれば、
こんな事を少し考えてみるのもいいかも知れません

まず、
人間の「自由」とは「何でも選択できる自由」だと思います。

発言や行為や人生をどう生きるか?に至るまで、
何を選択しても自由だと思います。

但し、
選択したからにはその結果には「責任」が生じます。

だから、
ある人に腹が立って「殴りたい」と思っても、
「怪我をさせた責任」や「逮捕される責任」を負いたくないから
”殴らない”という選択をする訳です。

では、
親と子についてはどうでしょうか?

親は「この人と結婚しよう」「子を産もう」と選択した訳です。

そして自分で選択したからには子を養育・扶養する義務が生じます。

ですから、
親がそれを怠ると「ネグレクト」として罪に問われる場合もあるでしょう。

なのに中には
「誰のお蔭で生きて来れたんだ!?」
等と義務なのに恩着せがましく言う親もいます。

(自分の選択で「幸せにします」と誓って結婚したクセに
「誰のお蔭で喰っていけてるんだ!?」
 と恩着せがましく言ってる一部の旦那さんと同じです(笑))

つまり、
親がちゃんと面倒を見るのは「義務」で当たり前の事だと思います。

一方子供は、
自分の選択で生まれて来た訳ではないので、本来は親の介護の義務は無い
筈です。

ただ、
子が親の介護を放棄しちゃうと国の財政が破綻するでしょうから(笑)
民法では子が親を扶養する義務が謳われています。

ただ、
この法律もそこまでの拘束力は無い様で
親が年金等十分な収入がある場合や、
子が精神的に、或いは経済的に親の扶養が困難な場合は免責される様です。

(だから殊更「親を大切にしよう!」「親に感謝しよう!」
 等のスローガンが定着してるのかも知れません)

僕が思うに、
親としての義務の範囲の事(子の衣食住の世話をする、義務教育を受けさせる等)
に関しては子はそこまで恩に感じる事は無いと思います。

(なんせ、当たり前の「義務」ですから(笑))

ただそれ以上の事、例えば情緒面で愛情を受けたと感じていたり、
大学まで出してもらった、成人になった後も金銭面や精神的なサポート
を頂いたと感じるのであれば
義務ではなく、「情」の部分でお返ししていけば良いと思います。

但し、それも自分の負担にならない程度で。

(親からネグレクトや虐待、モラハラを受けて来た
 のであれば、当然恩返しする必要も無いと思います)

親の面倒ををどこまで看たいか?看たくないか?
は自分で自由に選択していいと思います。

でも、
間違っても自分の人生を犠牲にせず、自分の人生(選択)を優先し、
自分が幸せになる事が第一だと思います。

ですから、
もし親の介護を負担に感じるのであれば
どこまで恩があって、どこまで返したいか?
をよく考え、
負担になる所はヘルパーやデイサービス、介護施設や他の兄弟等のサポート
を受ける事も考えてみてはいかがでしょうか?

(因みに僕も認知症が入ってきた母親のお世話は極力公的なサービス
 を使わせてもらい、週1回、僕と妻が交代でお世話に行っています。
 これ以上僕に負担がかかる様でしたら、施設に入れる事も考えて
 います。色々事情があって、兄は親と絶縁し、妹は沖縄へ行ったっきりで
 「お前達には”情”ってものがないのか!?」とイライラする時も
 ありますが・・・。(笑) 
 ま、何事もバランス、ほどほどに。)

 

#人間関係の悩みのカウンセリングについては、
こちらにお書きしてますので、ご参照ください

 

 

何故日本にはアダルトチルドレンが多いのか?

 

うちのルームにも所謂「アダルトチルドレン」と思うわれる方が数多く来談
されます。

アダルトチルドレン(AC)は正式な病名では無く、一般的な定義では
「親のアルコール依存や虐待等といった”機能不全家族”の中で育ち、
成人してからもそのトラウマが消えず、精神的な生き辛さに苦しんでいる人」です。

ただもっと広義な意味で言うと、親の虐待やアルコール依存、ネグレクト等の
”問題”が無くても、傷ついたインナー・チャイルド”を抱え続けて人間関係で
悩んだり、依存・共依存やうつ傾向、摂食障害等で苦しんでおられる方も
「AC」と考えられます。

勿論、虐待等の明らかな機能不全家族で育たれた方は、ACになられる事が
多いでしょう。

ただ、僕の感じでは虐待や機能不全家族で育った訳ではなくても、
インナーチャイルドが傷つき、ACだと思われる方も多いです。

それどころか明らかな虐待や(心的)外傷体験がなくても解離性同一性障害や
PTSDと思われる症状に苦しんでおられる方も見受けられます。

日本のお医者さんは主にアメリカ精神医学協会の「DSM」というものを診断基準
にしていますが、そのアメリカでは、例えば解離性同一性障害
=幼児期の性的・肉体的な虐待との因果関係が強く指摘されています。

またPTSDも明らかな「(心的)外傷体験」が原因とされています。

所が日本では虐待がなくても解離性同一性障害になったり、明らかな外傷体験がなくても、PTSD様の症状に悩まされてる方もおられます。

それは何故なのか? 日本人の自我が脆弱で傷つきやすいからなのでしょうか?
ー
ここからは僕の勝手な推論ですが、
僕はその背景には「日本的な家族・母子関係」と
「日本人特有のコミュニケーションのあり方」が関係しているのでは?
と思います。

「日本的な家族・母子関係」というのは、「親を大切にする」という儒教的な精神や
「家柄や家系に縛られる」等の子供が”個人”としては中々自立・独立できない
風土がある様に感じます。

その為に、子供は(親や家の為に)自分の欲求を抑え、
ストレスが溜まってゆきます。
そして「親の気持ちや欲求」と「自分の気持ちや欲求」の境目が
わからなくなってゆき、心理的な母子分離が難しくなってゆきます。

一方「日本人特有のコミュニケーションのあり方」というのは、
所謂「以心伝心」、「言葉にしなくても相手の気持ちを汲み取る」、
要するに「言わなくても私の気持ちを察してよ!」という部分です。
(※これは「甘え」ではなく、僕は「優しさとか気遣い」だと思っています)

今は、この部分のコミュニケーション力が昔と比べて弱くなってるのかも
知れません。

何故なら現代は、相手の気持ちを察しなくてもゲームしたり、携帯やネット等で
「独りで困る」事は少なくなっているのではないでしょうか?

もしそうだとすれば、
子供の気持ちを察する能力が少しだけ弱い親とか、
自分の気持ちを”どう察してもらうか?”が苦手な子供が
増えているのかも知れません。

そうなると「お母さんを支えなきゃ!と甘えずに頑張って来たのに、
お母さんは、何故私の気持ちをわかってくれないの?!」と、
親を大切にしなきゃ→でも腹が立つ→親にそんな事を思う私はなんてダメな娘
なんだろう・・。」と葛藤→自責という流れで生き辛くなってる方も多いと思います。

そして親に対する”満たされない想い”をどんどん抑え続けて
一杯一杯になった時に色々な症状が襲って来るのかも知れません。
ー

では、どうすればいいのか?
方法としては、
「相手の気持ちを察する能力」=共感力を育てる事と、
「自分の気持ちを言葉で伝える事」を意識して行う事、
だと思います。

そして特に(以心伝心は過去のものと割り切って)「相手に伝えたい気持ちを
はっきり言葉で表現する」事は自分の決心次第で今すぐできる事だと思います。

(※勿論、親に察する能力があり、子供も察してもらおうと散々努力して来たのにも
かかわらず親自身もACで、自分の親に満たされなかった想いで一杯一杯になって、
子供の気持ちを察する余裕がなかったり、逆に自分の気持ちを子供に察してもらう事で
精一杯になってる場合にも”悲劇”は起きると思います)

それでも中々できなかったり、或いは思い切って伝えたのに受け止めてくれなかった
という方はお気軽にご相談下さい。

(※当ルームでは、ACから来る様々な症状や解離性同一性障害や
PTSD等のご相談も数多くお受けしております)

 

#アダルトチルドレンのカウンセリングについては、
こちらにお書きしてますので、ご参照ください

#人間関係の悩みのカウンセリングについては、こちら

プロフィール

のぶさわ 正明
のぶさわ 正明心理カウンセラー・自己実現コーチ
・公認心理師
・全国WEBカウンセリング協会認定
  心理療法カウンセラー
  不登校児対応アドバイザー
・矢野惣一「心の専門家養成講座」卒業
NLP、催眠療法、ゲシュタルト療法、解決志向ブリーフセラピー、フォーカシング、認知行動療法ナラティブセラピー、インナーチャイルド癒し、トラウマ療法、家族療法(システムズアプローチ)等とその統合を習得する(TVの解決ナイナイアンサーでお馴染みの「性格リフォームの匠(達人)」心屋仁乃助さん、「アネゴ系セラピスト」大鶴和江さんは矢野講座の先輩です)
・Gakken「学研の家庭教師」不登校事業室の外部相談カウンセラー
・WEBカウンセリングルーム「みらい」カウンセラー
・日本フォーカシング協会会員
・国際ブリーフセラピー協会(旧:日本ブリーフセラピー協会)会員

2012年2月開業。2025年時点で4,000名超のお客様のご相談をさせて頂きました。