我慢する事について①何故我慢するのか?

我慢する事について①何故我慢するのか?

「入社しても嫌な事があると、すぐ辞めてしまう・・・
 最近の若者は我慢が足りない」
と嘆く上司。

「ちょっと、佑次!何であんたは我慢できないの?!」
と学校をすぐ休んでしまう息子に我慢できずにキレる親。






特に日本では、「我慢の美徳」みたいな考え方がある様に思いますが、
人は何故我慢するのでしょうか?



私の考えでは、

人間や生き物が我慢するのは、
大きくは以下の2つの場合に分けられると思います。






①報酬系の働きによるもの



つまり、
「我慢する事による今の不快を上回る快が手に入ると確信できる時」



例えば、

どうしても食べたいラーメン屋の行列にお腹を空かせたまま
何時間も並ぶ事ができるのはこの例だと思いまし、

自分の夢や目標(快)に向けて寸暇を惜しんで努力し続ける、
等もこの例でしょう。






②背側迷走神経系の反応によるもの

つまり、
「我慢する事による今の不快を上回る不快な結末になると想像できる時」



例えば、

配偶者や上司のモラハラやDV、パワハラ等に我慢し続けるのは、
「夫に逆らったら、きっとただでは済まない」
とか

「離婚すれば子供を一人で育てる自信が無いので、生きて行けるのか?」

といった不安や恐怖が不快な結末を想像させて、
我慢(不安の解消や凍り付き反応)させるからだと思います。






この様に考えると、

「今の不快」>「将来の不快」
と感じる場合や

「今の不快」>「将来の快」
と感じる場合は、
我慢はできないでしょう。

 

 

我慢する事について②我慢は美徳なのか?

 

「うちの嫁は我慢が足りない!私の若い頃は・・・」

等と嫁をいびる姑。






「よく我慢したね!我慢したから今の幸せが手に入ったんだよ!」

等と、我慢を賞賛する風潮。






特に日本では我慢が美化され、
我慢が足りないと攻撃対象になる傾向が強いのでは?
と感じます。






それは恐らく、
日本人は農耕民族であり、
稲や作物が実るまで我慢して農作業に精を出さないと”報酬”は得られませんし、

村民が協力し合わないとその成果を得る事ができないので、
自分の欲求は少なからず我慢しないといけなかったはずです。



しかも
”我慢”が足りないと否定されたり、挙句の果てには村八分にされるといった、
不快極まりない”罰”も待っていたでしょう。



そしてそれは
日本人(農耕民族)特有の精神構造であり、
(諸外国の事は詳しくありませんが)狩猟民族はそこまで我慢しないのでは?
と思います。






私は、
「我慢は美徳だ」等と決して他者から強いられるものではなく、
極端な例を除けば、自分の選択によってなされるものだと思います。

 

 

我慢する事について③我慢を強要する人

 

前回お書きした様に、私は

「我慢は美徳だ」等と決して他者から強いられるものではなく、
極端な例を除けば、自分の選択によってなされるもの
だと思います。



そして、
我慢は美徳だ」と他者に我慢を強いる人達には
時として権力者や支配者側の意図を感じてしまいます。






極端な例で言いますと、

「御国の為に散って来い!そうすればお前は英雄だ!」(強い快による洗脳)



「もし逃げようものなら、国の恥、非国民だ!
 お前の家族全員がそういう目に遭うぞ!」
等と特攻隊員を送り出した人達。(強い不快による洗脳)



身近な例で言うと、
自分の出世や昇給、栄誉の事を一番に考えて、部下に残業を強いてきた上司

自分の子育てを評価されたいのと自分の将来の不安を払拭する為に、
我が子に勉強を強いてきた親、等々。






私は我慢を強いる事は一概には否定しませんが、

それは相手の成長や幸せを願う時にのみ肯定でき、

自分の快の為や不快を避ける為といった自分側のメリット/デメリット
の為だけに他者を巻き込んで、
同意も無しに我慢を強いる事には賛成できません。

 

 

我慢する事について④我慢の定義

 

今回は、
私なりに「我慢」を定義したいと思います。






まず、
「我慢」を辞書で引きますと「耐え忍ぶ事、辛抱」等とあります。



それでは、
何故「耐え忍んだり、辛抱する」必要があるのでしょうか?



それは恐らく、

「快や報酬を得る為に、或いは不快を避ける為に、
 目の前の不快な事柄に取り組んでゆく事」に対しての忍耐や我慢が必要

だと言えると思います。

ところが、

「どうしてもその店のラーメンが食べたかったので、
 寒空の中、3時間も行列に並んだ」
とか
「このままじゃ、期末テストで赤点取ってしまう・・・
 と慌てて一夜漬けで勉強頑張った」
等は、

我慢した」という評価にはならないでしょう。



逆に、
「どうしてもプロ野球選手になりたくて、小学生の頃から高2の今まで、
 遊んだりゲームする事を我慢して、
 毎日朝から晩まで野球の練習に明け暮れている」
とか
「自分が後悔したくないので、年老いた親を自宅で介護し続けている。
 その為、もう3年間も好きな旅行や友人との交流から遠ざかったいる」
等は、

「偉いよね・・・よく我慢して頑張っているわね!」
等と評価されるでしょう。






この違いは、忍耐や辛抱が継続しているか否か?の違いです。



そして、
継続するという事は、その快や不快が今目の前にあるものではなく、
もっと先の将来的なものである事が必要です。



更には、
先にある快や不快に対して忍耐や辛抱を継続する事は難しいはずですので、
その快や不快が自分にとってとても大きい・強いものである必要
もあるでしょう。






そういった事を考えた上で「我慢」を定義し直しますと



「将来的に大きな快や報酬を得る為に、或いは将来的な強い不快を避ける為に
 忍耐や辛抱してでも、目の前の不快な事柄に継続的に取り組んでゆく事」

になると思います。






ここで、

私は世の中には
「我慢が得意な人」

「我慢が不得意な人」
の2種類の人が存在すると思います。



そして、
それは恐らく持って生まれた性格傾向によるもの
が影響しているのではないか?と考えております。

(勿論、成育環境の影響も無いとは言えないでしょうが)






次回は、
「我慢が得意な人」についてお書きしたいと思います。

 

 

我慢する事について⑤我慢が得意な人

 

前回、
「我慢」するという事を私なりに

「将来的に大きな快や報酬を得る為に、
 或いは将来的な強い不快を避ける為に、
 忍耐や辛抱してでも、目の前の不快な事柄に継続的に取り組んでゆく事」

と定義しました。



そして、大きく分けると
「我慢が得意な人」

「我慢が不得意な人」
の2種類の人が存在する

といった考えをお書きしました。

今回は、
「我慢が得意な人」についてお書きしたいと思います。






<我慢が得意な人>

以前お書きしました様に、
私は「心を安定させる方向性」として、

①不快刺激を取り除く(セロトニン型)



②快刺激へ意識をシフトさせる(ドーパミン型)



③他人との交流を利用する(オキシトシン型)

の3つのタイプがあり、

人によってその適正な比率/割合は恐らく生まれつき決まっている
と考えています。

”我慢が得意な人”というのは、
「目の前の不快な事柄に対して、忍耐や辛抱してでも継続的に取り組んでゆく」
と言えるでしょう。



では、
何故不快から逃げずに真正面から向き合って取り組み続ける事ができるのか?



それは恐らく「不快刺激を取り除いて心を安定させる傾向性」を持っている、

つまり、
上の「①」の割合が強いタイプの人だからだと思います。

例えば、
まだ若いのに、老後の心配(将来的な強い不快刺激)を減らす為に、
お金を管理・節約してコツコツと貯金を殖やす、等々。



だとすれば、
それは元々の性格傾向ですので、
それをご自分の長所として利用していかれると良いでしょう。



但し注意点としては、

A.我慢し過ぎてしんどくなりやすい

 「②」の意識のシフトや「③」の他人に甘える
  等を取り入れる事ができれば、更なる成長に繋がるでしょう



B.我慢できない人を否定してしまう

 えてして、自分と違う傾向を持った「②」や「③」の比率が高い人
  を否定したり、我慢を強要したりしてしまう恐れもあるでしょう






次回は、
「我慢が苦手な人」についてお書きしたいと思います。

 

 

我慢する事について⑥我慢が苦手な人

 

前回までは、
「我慢が得意な人」についてお書きしましたが、

今回は、
「我慢が苦手な人」についてお書きしたいと思います。






<我慢が苦手な人>

前回もお書きしました様に、

私は「心を安定させる方向性」として、

①不快刺激を取り除く(セロトニン型)



②快刺激へ意識をシフトさせる(ドーパミン型)



③他人との交流を利用する(オキシトシン型)

の3つのタイプがあり、

人によってその適正な比率/割合は恐らく生まれつき決まっている
と考えています。

そして、

「我慢が得意な人」は「①」の割合が高く、
不快刺激を取り除く為の我慢が当たり前になっているので、
さほど苦にならないと考えられます。

ところが、
性格傾向として「②」や「③」が強い人は、
不快刺激を取り除く為の我慢という方向には行かず、

快刺激を求める方向にシフトしたり、
他人との交流で愚痴や不安を聞いてもらったり、慰めや励ましを頂いたり
・・・という方向に行く訳です。



よく言えば、
引きずらず「切り替え」が上手な訳ですから、
それをご自分の長所として利用していかれると良いでしょう。



但し注意点としては、

A.「我慢が必要な場面で踏ん張りがきかない」
  等、現実から逃げてしまう方向に偏る場合もある



 時には「①」の不快刺激と向き合って、それを減じてゆく努力や我慢
  も採り入れる事ができれば、更なる成長に繋がるでしょう






B.我慢できない自分を否定してしまう



 「我慢が得意な人」から文句を言われたり、比べてしまうと
   自己否定しまう事もあるでしょう。

   そんな人は「生まれつきの性格傾向だから」と自己否定しない事
   でも「ここ一番で踏ん張る」事も意識して、それができれば、
   「元々我慢が苦手なのによくやったね!私!」と自分を肯定
   してあげましょう。






次回からは、
「我慢し過ぎてしんどくなっている人」についてお書きしたいと思います。



 

我慢する事について
⑦我慢し過ぎて苦しんでる人(1)

 

前回までに
「我慢が得意な人」「我慢が苦手な人」についてお書きしましたが、

今回からは
「我慢し過ぎて苦しんでいる人」についてお書きしたいと思います。




<我慢し過ぎて苦しんでいる人>

私は、
「我慢し過ぎて苦しまれる人」のパターンとして、
大きくは以下の3つに分類できると思います。

(1)元々我慢が得意な人が極端な方向へ走る
       (摂食障害、共依存等)






(2)元々我慢が苦手な人が後天的に我慢する習慣が身についた
       (「我慢したくない」⇆「我慢しなきゃいけない」の葛藤)






(3)元々我慢が苦手な人が対象を見失った場合
       (興味の対象や交流する相手の喪失)






今回は、
上の「(1)」についてお書きしたいと思います。






「元々我慢が得意な人」というのは(以前お書きした様に)

「不快刺激を取り除いて心を安定させる傾向性」が強い人
と言えると思います。



そうした人の中には、
(快/不快への)先天的な敏感さや成育環境やトラウマ等によって
後天的に敏感さを身につけた人も多くいらっしゃるでしょう。



そして、
敏感であればある程、些細な不快が気になるはずですし、
それを取り除く事で安定するのであれば、

”どんな些細な不快も無くしていこう!”と、完璧主義に陥り易い
と考えられます。



例えば、




A.「摂食障害」



他人からは「全然太っていないよ」と言われても、
「モデルの〇〇さんに比べたらウエストが絞れてない」等と
敏感さが強い為に、理想と現実の些細なギャップに強い不快を感じる



生まれつき「不快刺激を取り除いて心を安定させる傾向性」が強い場合は、

その不快を無くす為に、極端なダイエットに走る。



「我慢が得意」なので、本能的な欲求に抗い続ける



''⇒でも、最終的に本能的な欲求には勝てないので、過食してしまう''
(拒食症等、本能的な欲求を打ち負かす程不快に敏感な人もいますが)



それでも、不快を取り除かないと安定できないので、
 嘔吐したり下剤を使ったりする






B.「共依存」



敏感さを持ち、尚且つ成育環境等で
「誰かを助けないと自分の存在価値が無くなる」
といった信念を身につけてしまった場合、

元々「不快刺激を取り除いて心を安定させる傾向性」が強い人
自分の存在価値が無くなる”といった最大限の不快を取り除く為に
自己犠牲をしてまで、誰かを助け続けるでしょう。



そして、
自分の欲求を犠牲にしている限りは幸せにはなれないでしょうし、
相手の人の依存傾向もどんどん強くなってゆき、
二人共自立から遠ざかってゆくと思います。



※「強迫性障害」等も「不快刺激を取り除いて心を安定させる傾向性」と
 「敏感さ」が結びついた場合によく起きる事だと思います



※これらの苦しみの解消にご興味がある方は、お気軽にご連絡下さい






次回は「(2)」
「元々我慢が苦手な人が後天的に我慢する習慣が身についた」為に
我慢して苦しんでいる場合についてお書きしたいと思います。

 

 

我慢する事について
⑦我慢し過ぎて苦しんでる人(2)

 

今回は、

前回分類したタイプの「(2)」
「元々我慢が苦手な人が後天的に我慢する習慣が身についた」為に
我慢して苦しんでいる場合についてお書きしたいと思います。






(2)元々我慢が苦手な人が後天的に我慢する習慣が身についた

以前からお書きしています様に、

「心を安定させる方向性」として、

①不快刺激を取り除く(セロトニン型)



②快刺激へ意識をシフトさせる(ドーパミン型)



③他人との交流を利用する(オキシトシン型)

の3つのタイプがあり、

人によってその適正な比率/割合は恐らく生まれつき決まっている、
と私は考えています。



ここで、
我慢が苦手な人「②」や「③」の割合が強く「①」が強くない為に、

不快と向き合い、それを取り除くための我慢は苦手な筈です。



ところが、
我慢を強いられる様な被虐待的な環境で育った場合や、
敏感さによるトラウマ(例えば、我慢できない事を、他人に否定されたり、
恥をかいたりしてそれがトラウマになった等)を負った場合。

「もう二度と傷つけられない様に」といった防衛反応が生じ、
本来の自分を殺し、相手に合わせてゆく(服従)等の
背側迷走神経系の凍り付き反応が繰り返されるでしょう。



そうなると
「②」や「③」の主体性や自分らしさを失い、

本来の傾向とは違う「①」の不快刺激を取り除く為に我慢する習慣が
身についてしまうでしょう。



そして、

我慢したくない(本来の自分)」
けど
我慢しなきゃいけない(防衛反応)」

といった葛藤/ジレンマが生じて、生き辛くなると考えられます。

※この苦しみの解消にご興味がある方は、お気軽にご連絡下さい






次回は「(3)」
元々我慢が苦手な人が目標を見失った為に
我慢して苦しんでいる場合についてお書きしたいと思います。

 

 

我慢する事について
⑦我慢し過ぎて苦しんでる人(3)

 

今回は、

前々回分類したタイプの「(3)」
元々我慢が苦手な人が対象を見失った為に我慢して苦しんでいる場合
についてお書きしたいと思います。







(3)元々我慢が苦手な人が対象を見失った場合
         (興味の対象や交流する相手の喪失)

以前からお書きしております様に、
「我慢が苦手な人」は、ストレス等の不快刺激に対して、

「快刺激へ意識をシフトさせる」

「他人との交流を利用する」
で、
心を安定させてゆく傾向が強いと考えております。



そして、
不快と真正面から向き合い、それを取り除いてゆく、
という傾向は少ないとも考えております。

つまり我慢してコツコツ努力する事は苦手な筈です。



ただ、
そういった性格傾向の人でも我慢できる場合があります。



例えば、

「満員電車や渋滞、上司のモラハラ」
 ⇒「酷い目に遭った事を彼氏に愚痴ろう」



「仕事のミス」
 ⇒「親友に慰めてもらおう」



「面白くも無い仕事だけど、あと2日我慢すれば連休になって、
 みんなで大好きなスノボへ行ける!」



「今月も1ヶ月間営業を頑張れば、
 また上司から褒められて給料も上がるぞ!」



「どうしてもあの大学に行きたい!入試まであと半年だから、
 半年だけ我慢して猛勉強するか!」

等々。



つまり、

我慢の後すぐ(そう遠くない未来)
他人との交流で共感や慰め、励ましが得られる場合
や、
我慢する不快を上回る快刺激が待っている時
には(短期・中期の)我慢ができる訳です。



ところが、

何らかの事情で、交流する相手を失った場合

自分にとっての快刺激(目標や興味の対象)を見失った場合
は途端に我慢が効かなくなるでしょう。



それでも生きていかないといけないので、

我慢する事から逃れらず、行き詰まるでしょう。



ですから、そういうタイプの方は、

”無理に我慢する”以前に
「交流する相手」や「目標や興味」を取り戻す事
が先決だと思います。

 

 

我慢する事について
⑧何故我慢できない人が増えてるのか?(1)

 

「通り魔や猟奇的事件」



「他人にすぐキレてしまう人」



「闇バイト等、あとさきを考えずに目先の報酬を求める人」



「気にくわない事があると、すぐに仕事を辞める人」



・・・こういった、
所謂「我慢ができない人」が増えてきている様に感じます。



統計を取った訳ではありませんが、
もしそうならそれは何故なのでしょうか?



私なりにその原因を考えてみたいと思います。






<我慢できない人が増えている原因>

①他人との関係性が希薄

 

②情報過多

 

③刹那主義



私は、
主にこの3つが原因で我慢できない人が増えているのでは?
と考えます。



今回はまず
「①」についてお書きしたいと思います。






①他人との関係性が希薄

現代社会においては、
少子化・核家族化が進み、家族内での関係性も変化してきている筈です。



例えば、

母子関係のみが濃密になり、
それ以外の他者は興味の対象外になったり、
「得体の知れないもの」になってしまう事もあるでしょう。



誰かに話を聞いてもらったり慰めや励ましを求める
「他人との交流で心を安定させる傾向」が強い人も、

母親や恋人、ごく少数の親友だけに依存してしまう事が増えてきている
のではないでしょうか?



ところが、
それも叶わない人は2次元”推し”動物ネットやゲーム動画
での”繋がり”で事足りる様になるでしょう。



但し、
そうした一方通行であったり、希薄な関係性の中では、
心を安定させる様な相互的な交流は起きにくいでしょう。

そうなると常に心は不安定で、
感情の爆発を我慢(協働調整・自己調整)する事は難しくなるでしょう。



それに加えて、

巷にあふれる他者への恐怖や不信をあおるマスコミやネットの
偏向した報道や情報によって、

「自分(や母親、恋人、親友)以外は、
 いつ攻撃をしかけてくるかわからない得体の知れない存在」
といった認識が深まるでしょう。



そしてそれが他者への防衛反応を強化し、

他者にキレる事を我慢できなくなったり、
最悪の場合には他者を傷つけるといった行動化をもたらすのでは?
と考えます。



私は、
この様な事が起きている背景には、
資本主義社会が煮詰まって来た結果の「自分さえ良ければ」
の思考の蔓延と、

最早農耕民族や会社人間になる必要が無い(他者との協調や協力は不要)
「個」の時代という社会構造が影響しているのでは?
と考えています。






次回は
「②」の情報過多についてお書きしたいと思います。

 

 

我慢する事について
⑧何故我慢できない人が増えてるのか?(2)

 

今回は、

私が考える「我慢できない人が増えている原因」の2つ目である、
「情報過多」についてお書きしたいと思います。






②情報過多

つい、20~30年前までは
「何故こうなるのだろう?」という好奇心が湧いたり
モヤモヤが募った場合は、

本を読んだり文献を調べたりして
それに集中して自分なりの結論を出したり、
(こうした手間と時間をかけた思索は好奇心を満たしたり、
 モヤモヤを解消する為の我慢と言えるでしょう)

「この学校や会社を辞めたら、人生がダメになってしまう」と、
自分にとって辛い環境を変える事がはばかられたり、
(その先の強い不快を避ける為の我慢)

「俺には野球しかない!」とひたすら厳しい練習に明け暮れたり、
(その先の大きな快/報酬を得る為と強い不快を避ける為の我慢)

といった事がよく見られたと思います。

ところが
今の時代は、ネットやスマホ等の普及によって、
瞬間瞬間におびただしい情報がもたらされています。



そうなると、
「何故こうなるのだろう?」と感じたら、
ネットで検索すればすぐに”答え”が出て来ますから、
時間と手間をかけて我慢して思索する必要も無い訳です。



そして、こうした情報は”無数の選択肢”を与えてくれますので、
「私にはここしかない」
とか
「俺にはこれしかない」
といった考えには陥りにくくなるでしょう。



この無数の選択肢が提示される事で救われる人が多いと思いますが、
同時に、
目標や興味への執着が減少し、我慢する機会も減少してゆくでしょう。



更には、
「他人との交流で心を安定させる傾向が強い人」
”推し”の動画を観る事によって、

また
「快刺激を得る事で心を安定させる傾向が強い人」
お気に入りの面白い動画を観る事によって、

それぞれインスタントにそれを叶える事ができるでしょう。



ただ、
それらはあくまでも一方通行であったり、受動的であったり、
感情や神経系の自己調整には繋がらないと思いますので、

感情を我慢(制御)できずにキレてしまう人の増加にも
影響を与えているのかも知れません。






次回は
「③」の刹那主義についてお書きしたいと思います。

 

 

我慢する事について
⑧何故我慢できない人が増えてるのか?(3)

 

今回は、
私が考える「我慢できない人が増えている原因」の3つ目である、
「刹那主義」についてお書きしたいと思います。






③刹那主義

以前、私が考える”我慢”の定義として

「将来的に大きな快や報酬を得る為に、或いは将来的な強い不快を避ける為に
 忍耐や辛抱してでも、目の前の不快な事柄に継続的に取り組んでゆく事」

とお書きしました。



ところが、
私が思うに今の時代は我慢に値する様な将来的な大きな快や報酬を
得る夢を持てなくなっているのではないでしょうか?

学力等の自分の能力の相対的な数値化が進み、
子供達は自分の能力の限界(身の程)を早くから知ってしまうでしょう。



或いは、
終身雇用が崩れ、それどころか、いつ切られるかわからない派遣の仕事
数年先さえわからない人達の増加



仮に夢を実現しても、
そこから一気に”負け組”へと転落してしまう人達の情報も沢山もたらされます。



また、
将来的な強い不快を避ける事に関しては、
「先の事なんて考えずに、今を楽しみましょう!」と、
刹那的な快刺激へと誘導してゆくメディアやマスコミ

そしてその背景にある末期的?な資本主義の大量消費社会。

つまり、
”提供”された刹那的な快楽に身をゆだねて行けば
将来的な強い不快を避ける為の我慢は最早必要無くなってゆくのでしょう。



そうした時代の潮流に流される様に、
他者との交流も希薄になって

「気に入らなければ切っちゃえ!」
こちらの部分も刹那的な大量消費に傾いてきているのではないでしょうか?

 

 

我慢する事について
⑨それでも我慢しないといけない時は?(1)

 

「あ~あ・・・やりたい事も無いし、生きていてもつまんない。
 でも死ぬのは怖いから、今日も我慢して仕事に行かなきゃ!」

「昨日彼氏にサヨナラを言われた。とても勉強どころじゃないけど、
 今日中に課題をやらないと進級が危うくなってしまう。
 どうやって気持ちを立て直したらいいのかなあ・・・」






元々我慢が苦手な人であっても、
或いは、
我慢できる様な精神状態ではない時でも、

我慢をしなきゃいけないシチュエーションは訪れると思います。



そんな時には
どう気持ちを立て直して、我慢する方向へ持って行けばよいのでしょうか?






今回からは、
そのヒントをお書きしてゆきたいと思います。









<それでも我慢しないといけない時は?>






(1)腹側迷走神経系を働かせる

まず最初に取り掛からないといけない事は、
今の不安や辛さといったネガな感情をケアしてあげる、

つまり
自分の気持ちを落ち着かせてあげる事です。



その為には、
心身の治癒に有効と考えられている腹側迷走神経系を働かせ、
「安心・安全・自身への思いやり(セルフコンパッション)を感じる事
が必要だと思います。



例えば、
自分にとって大切な人(親・我が子・親友・恋人・配偶者、等)
今の自分と全く同じ苦境に陥っていると想像してみましょう。



その人を少しでも安心させたり、気持ちが軽くなるであろう、
 思いやりを持った言葉を考えてみます。



自分の胸の中に、苦しんでいる小さな自分が居るとして、
 その子が落ち着くまで、何度もその言葉をかけてあげましょう。

※もし、今の自分の気持ちに共感してくれそうな人が居るのであれば、
 その人に話してみるのもいいでしょう






次回は、
この続きである「(2)報酬系を利用する」
についてお書きしたいと思います。



 

我慢する事について
⑨それでも我慢しないといけない時は?(2)

 

人等の哺乳類を含めた動物が我慢できるのは、

「我慢する事の不快」<「その先に待っている快・報酬」
と感じた場合、

または
「我慢する事の不快」<「その先に待っている不快・罰」
と感じた場合、

のいずれかであると考えられます。



今回は
前者の「報酬系を利用して我慢する」ヒントをお書きしたいと思います。



※注意:今回お書きする方法は、前回お書きした「ネガな感情のケア」
 ができてから、になります。

 もし、それができていないとその先の報酬を得ようとする力は
 発揮できないでしょう。

 多くのポジティブ思考的な「輝かしい未来をイメージする」方法は、
 安心・安全の実感があってこそ有効だと考えられます









<それでも我慢しないといけない時は?>






(2)報酬系を利用する

「我慢したその先に、どんな素晴らしい未来が待っているか?」
想像してみて、

できる限り沢山、詳細に書き出してみましょう。




その一つ一つを頭の中で映像化し、

「今、自分がそれを体験してる」かの様に
(未来のその時々の)周りの音や声、視線に入るもの、感触、匂い・味等を
ありありと五感で感じてみましょう。






そうして、
「気持ちいい」とか「幸せ」とか「楽しい」とか「ワクワクする」

等のポジティブな感覚や感情が出てくれば、
それを言葉に出して、暫くそれに浸りましょう




その感覚を持ったまま
今の我慢してやらなきゃいけない事に取り掛かりましょう。



※注:未来の「快刺激」が遠すぎる様であれば、
   短期的な快刺激も用意しましょう。

   例えば、「こんなしんどいのに、今日我慢して課題を終えたら、
   今晩は好きなスイーツを食べまくってやるぞ!」等々






次回は、この続きである
「(3)防衛反応を利用する」についてお書きしたいと思います。


我慢する事について
⑨それでも我慢しないといけない時は?(3)

 

前回お書きした「報酬系を利用」しようにも、
我慢した先に「輝かしい未来なんて描けない」という方も
いらっしゃるでしょう。



そういった方は、
「防衛反応を利用」して我慢できる様に持ってゆきましょう。




<それでも我慢しないといけない時は?>






(3)防衛反応を利用する

前回お書きした様に、

人や動物が我慢できるシチュエーションの一つは、

「我慢する事の不快」<「その先に待っている不快・罰」
と実感した場合です。



ですから、
今、我慢して取り組む事をしなかった場合の「最悪の未来」を書き出して、

それを五感を使って「今、自分がその状況に置かれている」
とありありとイメージしてみましょう。



例えば、

「我慢して仕事へ行くのが辛い。けど、今日仕事を休んでしまったら、
 ずるすると休んでしまい、結局辞めざるを得なくなるだろう。
 そうなると最悪、自信を失って引きこもってしまうだろう。

 そして、最悪孤独死してしまうかも知れない。
 もし、そうなったら、”自分の人生は何だったんだろう?”と
 大きな後悔が残るだろう・・・そんな人生だけは絶対に嫌だ!

その感覚を持ったまま
今の我慢してやらなきゃいけない事に取り掛かりましょう。



この方法は、
我慢する事以上の「大きな不快」を持ってきて、
その「大きな不快」を避けるといった防衛反応を利用する事になります。




※これらのやり方でも難しい場合はお気軽にご相談下さい

プロフィール

のぶさわ 正明
のぶさわ 正明心理カウンセラー・自己実現コーチ
・公認心理師
・全国WEBカウンセリング協会認定
  心理療法カウンセラー
  不登校児対応アドバイザー
・矢野惣一「心の専門家養成講座」卒業
NLP、催眠療法、ゲシュタルト療法、解決志向ブリーフセラピー、フォーカシング、認知行動療法ナラティブセラピー、インナーチャイルド癒し、トラウマ療法、家族療法(システムズアプローチ)等とその統合を習得する(TVの解決ナイナイアンサーでお馴染みの「性格リフォームの匠(達人)」心屋仁乃助さん、「アネゴ系セラピスト」大鶴和江さんは矢野講座の先輩です)
・Gakken「学研の家庭教師」不登校事業室の外部相談カウンセラー
・WEBカウンセリングルーム「みらい」カウンセラー
・日本フォーカシング協会会員
・国際ブリーフセラピー協会(旧:日本ブリーフセラピー協会)会員

2012年2月開業。2025年時点で4,000名超のお客様のご相談をさせて頂きました。