コラム/2022-12-14
他者否定や他者批判、差別がやめられない人
<前回からの続き>
「俺は〇〇大学を出たのに、
あいつらは高卒で馬鹿で能力の無いどうしようもない奴らだ・・・。
なのに何でこの俺があいつらに指図さられなきゃならないんだ!」
・・・等と、
いつも他者否定や他者批判といった”他人責め”をしてしまっている人。
(あらゆる差別主義者やヘイトスピーチを好む人もこの類です)
何故、
世の中から”いじめ”や”差別”等の他者への攻撃が無くならないのでしょうか?
今回は私が考えるその理由をお書きしたいと思います。
①”他人責め”の目的
”他人責め”をする人の本当の目的は何なのでしょうか?
例えば上の例で言うと、
この人は(今の職場では受け容れられていない、居場所が無いと感じて)
かつては受け容れられていた”〇〇大学出身者”といったグループに
今も所属しているという部分にしがみついている訳です。
また例えば、人種・性別を差別する人やヘイトスピーチを行う人は
相手の人種・性別・国を責める事によって、
「同じ人種・性別・国に属している」といった、
所属させてもらい、受容をしてくれる”仲間”の存在が意識できて、
安心できるのではないでしょうか?
更に「いじめっ子」も「いじめっ子」グループに所属して
受け容れられている安心感や絆を強める目的で、
”よってたかって”いじめ続けるのかも知れません。
もしそうだとすれば、”他人責め”の目的の多くは
「周囲や特定のグループに所属したい、受け容れられたい」
といった願望から来ているのではないでしょうか?
だとすれば、
「いじめはダメだよ!」とか「差別するな!みんな平等だ!」
なんて言われると
「自分はどこのグループにも所属していない、受け容れられていない」
といった不安に襲われるのではないでしょうか?
だから、いじめや差別は無くならない・・・。
でも、少しでもいじめや差別を少なくするにはどうすれば良いのでしょうか?
②所属や承認の欲求を満たす
差別やいじめ等の”他人責め”の目的が
「特定のグループに所属して、そこで受け容れられて仲間を作りたい」
だとすれば、その欲求を違う形で満たしてあげる必要があると思います。
例えば、
「自分は本当は誰と交流したいのか?どんな仲間が欲しいのか?
どのグループに属して受け容れられたいのか?」
等と考えてみるのもよいでしょう。
そしてその答えが見つかれば、その実現に向けて行動してゆく事
が必要になってくると思います。
次回は、
最初に述べた「自分責めと他人責めは同じもの」だと考える理由
をお書きします。
<次回へ続く>
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