コラム/2015-06-01
心配の余り、子に怒るお母さん達へ
「何時だと思ってるの!どれだけ心配だったかわかってるの?!」
と帰宅が遅い娘に怒る母親
「学校へ行かないとお前の将来はないぞ!」
と学校を休んでる息子に”心配”の余り怒鳴る父親
誰だって大切な我が子の事を心配するし、時に心配の余り叱って(怒って)
しまう事もよくありますよね?
「心配させたのだから叱って(怒って)当然」
「うちの子が私を怒らせた」と感じる方も多いと思います。
でも、本当にそうなのでしょうか?
ー 例えば、帰りが遅い娘を”心配”する母親の場合
「8時に帰ると言ったのに。もう10時だわ・・・。」
「大丈夫かしら?今どこにいるのかしら・・・」=心配
「もしかしたら、何か事件に巻き込まれてたらどうしよう?」=不安
「いや、きっと私の事なんて忘れて遊び廻ってるに違いない」=不安、イライラ
「何で門限が守れないの!」=怒り
「帰って来なかったらどうしよう?」=不安・恐怖
とまあ、色々な考えが頭の中を駆け巡り、
「心配」や「不安・恐怖」、「怒り」等の感情が湧いてくる訳です。
ここで純粋な心配(という言葉が妥当なら)は今、現在の相手の事を想い、
気遣って案じる事(心配り)だと思います。
もし、そうならそれ以外の、自分の頭の中で作り出した妄想(笑)や、
心配とは関係のない思考から生じた「不安・恐怖」、「怒り」等は
切り離して考えるべきでしょう。
何故なら、それらの「不安・恐怖」や「怒り」は相手のせいではなく、
自分の勝手な思考から生じたものですので、
それに伴う感情は、相手の責任ではなく自分側に責任があります。
ですから「あんたのせいでお母さんは怒ってるのよ!」
「あんたのせいでお母さんはどれだけ不安だったか!」
はおかしな理屈になります。
本来、純粋な心配(心配り)は怒りとは無縁だと思います。
例えば、自分の親が突然の病や事故で入院した時は
どんな思考や感情が出て来るでしょうか?
「大丈夫かしら? 無事でいて欲しい」
「早く回復して元気になって欲しい」
そこに自分の勝手な妄想や心配とは関係のない思考が入らなければ、
怒りは生じようがないですよね。
勿論、健気な子供は「お母さんに心配かけて、悲しませて怒らせてしまったのは
私が悪いからだ」と反省し、親に心配かけまいと気遣える優しい人になる
事もあるでしょう。
でも、もしあなたのお子さんがそれにより増々反発したり言い訳をしたり、
嘘をついたり、それさえ許さない怒りの勢いに押され我慢して口を閉ざす
ようになっていたとしたら、子供にも不満がそんどん溜まって行くでしょう。
(子供にしたら、ただでさえ後ろめたい気持ちがある中で
親の怒りの責任まで背負い込まされたらたまったものではありません)
その様な場合は今迄とは違うコミュニケーションの取り方が必要
なのかも知れません。
「今迄とは違うコミュニケーション」・・・。
それは例えば、
「あなたが帰って来なくてお母さんは心配だった」
「何かの事件に巻き込まれてるんじゃないかしら?と、とても不安だった」
「このまま帰って来なかったらどうしよう・・・と怖かった」
等と自分の感情を言葉にして伝える事をやってみませんか?
そしてその後に、ルールを怒りで表現するのではなく、
「だから、門限を守って欲しい」
「遅れるのならせめて電話して欲しい」
という自分の要求をきっちり伝える・・・等。
※もし、そんなやんわりとした伝え方で通用しない場合は、
自分の妄想から生じた怒りに任せずルールを守らなかった事に対する
教育的な怒り(=叱り)で「いい加減にしなさい!」と叱るのもいいと思います。
いずれにしても、自分の中に生じた怒り等の感情を相手のせいにせず、
自分の気持ちとして伝える事。
ルール、要求は怒りとは切り離して、ちゃんと伝える事、が大切
だと思います。
もし宜しければ、子供を心配してやきもきしてる間にでも
その「心配の伝え方」を練習してみませんか?
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